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10年間の集大成。最後の短篇は朝、目が覚めてすぐに思いついた──「作家と90分」 森絵都(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/04/02

genre : エンタメ, 読書

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森絵都さん ©橋本篤/文藝春秋

森絵都(もり・えと) 

1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞と産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞を、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞を、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞を受賞するなど、児童文学の世界で高く評価されたのち、06年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞した。『永遠の出口』『ラン』『漁師の愛人』『みかづき』など著書多数。

待望の新刊は人生の特別な瞬間を凝縮した短篇集『出会いなおし』

――『風に舞い上がるビニールシート』が受賞した直後から、「オール讀物」で10年計画で短篇の定期的な掲載を始めたそうですね。このたび10年を迎え、企画最後の短篇集『出会いなおし』(2017年文藝春秋刊)が刊行されました。この企画を始めたのはどうしてだったのですか。

 短篇の依頼がきたときに、ここで一篇書いてもそれで終わってしまうなと思って。「だったら続けてやらせてもらえませんか」と私から言いました。その時に10年計画が浮かんだんです。10年書けば、さすがに短篇がちょっとはうまくなれるのかな、とか思いながら。

出会いなおし

森 絵都(著)

文藝春秋
2017年3月21日 発売

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――短篇集で直木賞を受賞したばかりなのに、短篇がうまくなりたいと思うとは。

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森 「風に舞いあがる」って7~80枚あったので、私にとっては短篇のイメージではなかったんですよね。短篇というと一篇が2~30枚の長さのものというイメージで、それは全然書いた経験がなかったんです。ずっと児童文学の世界にいると短篇というものを書く機会がないんですね。だから苦手意識があって、それを克服しておきたかったんです。

――『出会いなおし』、どの短篇も本当に滋味深かったです。

 ここ最近2~3年の間に書いたものを集めていますが、これも結構まちまちですよね。ただ、震災を結構引きずっているものがあります。今回見直していて、この時期私は癒しを求めていたのかなとか思ったりもします。それと、時間というのも大きなテーマにしていました。

――表題作は、年月を経て同じ知人と何度か再会する話。「カブとセロリの塩昆布サラダ」はデパ地下で購入したお惣菜を食べて違和感を持った女性のその後の心の嵐が愛嬌たっぷりに描かれますよね。「むすびめ」はちょっと前によくテレビでも放送されていた、子どもたちの30人31脚の話で。大会に参加した子たちが大人になってからの話です。

 私、カブって料理で2回くらいしか使ったことがないんですよ(笑)。大根はあるけれどカブはあまり使わない。でもすっごくむきになってこの話は考えましたね(笑)。「むすびめ」は、30人31脚のあの競技って、ひとつ間違えれば深いトラウマを子どもに残すのではないかと思っていたんです。『みかづき』で教育問題をいろいろ調べている中で、ゆとり教育が終わったことで余裕がなくなって、あの番組もなくなった、みたいなことが書かれてあるのを目にして「へえ」と思って。そのあたりから出てきたのかもしれません。

©橋本篤/文藝春秋

――そうしたリアリスティックな話もあるなかで、「ママ」と「テールライト」はすごく不思議な展開をする話ですね。

森 「ママ」や「テールライト」はなぜこういうものを書いたのか全然分からないですね。今回、これまでのこの企画の短篇集4冊の中では一番、自分の意識ではない部分が出ている気がします。「テールライト」は男の子がタクシーに乗っているところが入口で、そこからどんどん遡っていったというか。一番書きたかったのはタクシー運転手との一期一会。ちょっとした触れ合いを書くために、どんどん遡っていったという感じ。

――時空を超えましたよね。人類の営みを感じるスケールの大きさがありました。最後の「青空」も、リアルな日常の中に不思議な要素が入ってくる感じがあって……。

 『みかづき』を脱稿した後にたて続けに3つくらい短篇を書かなくちゃいけなくて、これが一番最後だったんですけれど、朝目が覚めてすぐにこの話を思いついたんです。それで一気に書きました。

――これがまた泣かせる話で。じゃあこれが本当に、10年間の締めくくりの話なんですね。……と言いつつ、締めくくるのはもったいない気もしますが。

 一応一区切りですけれど、短篇は今後も書いていきますよ。10年間書いてきた中で、ますますというか、本当に短篇のことが好きになっていったので。私自身が短篇小説を好きになったということがいちばん大きかったかなと思います。

――この企画の10年間で短篇集を4冊出されたわけですが、振り返ってみると書かれるペースも一篇の枚数も、少しずつ変化していますね。

 そうですね。最初は毎月だったんですけれど、さすがに3か月に1回になって、半年に1回になって。途中ノンフィクションを書いていた時に間がちょっと空いたんです。それ以外はずっと定期的にやらせていただいて。

――最初の『架空の球を追う』(09年刊/のち文春文庫)は一篇一篇が短いですよね。

 いつも枚数もテーマも自由にやらせていただいていたのでわりと枚数はまちまちなんですけれど、この頃は自然とどれも20枚くらいでした。

 この頃は短篇連載自体のタイトルに「ラフスケッチ」というのをつけたんですが、風景をスケッチするように切り取ってみたかったんです。でも同じやり方で続けていくのはどうかなと思って、少しずつ変わっていきました。

――確かに印象的な光景が頭に浮かぶ短篇が多かったですよね。次の『異国のおじさんを伴う』(11年刊/のち文春文庫)には僭越ながら解説を書かせてもらいましたが、こちらは長めの作品も入ってくる。表題作もユニークですよね。「ひげ人形愛好会」からオーストリアに招かれた作家の〈私〉が、迷いまくって会場にたどり着き、特大のひげ人形をプレゼントされて、それを連れて旅することになる……。こういう話はどこから発想されるのかと。

 ひげ人形は一応、オーストリアに本当に民芸品としてあるんですよ。巨大なひげ人形は創作ですけれど(笑)。ちょうどペンクラブの大会でオーストリアのリンツに行ったんですが、すごく巨大な会場で、近くにいろんなブースがあって。そのブースの人たちがいろんなことをしている様子だったんです。それで、そこでひげ人形愛好会みたいなことをやっている人たちがいたら面白いなと想像したんだったと思います。

異国のおじさんを伴う (文春文庫 も 20-7)

森 絵都(著)

文藝春秋
2014年10月10日 発売

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――ではたとえば、「夜の空隙を埋める」は異国で暮らす二人が、自分たちの部屋だけが停電するので、その原因を調べてもらって…という話ですが。

森 イギリスに住んでいた頃に、うちと同じフラットのお隣さんだけが停電したことがあって、どうしてだろうと思っていて。この短篇のように一緒に散歩はしなかったけれど、お隣のインドの方に「どうやら水道工事を隣の町でやっていて、そのせいでうちとあなたの部屋だけが停電になるのよ」と言われて。それってすごく奇妙な話じゃないですか(笑)。それで印象に残っていたんです。

――ああ、それも実体験に基づいているんですね。他にも、ちょっとした一言で世界の見え方が変わってきたり、心持ちが変わったり。それも短篇の醍醐味ですよね。