文春オンライン

連載文春図書館 今週の必読

尾崎世界観が苦しみながら読んだ、伝説のハガキ職人による私小説

『笑いのカイブツ』(ツチヤタカユキ 著)を読む

2017/04/02
note
『笑いのカイブツ』(ツチヤタカユキ 著)

 考えるという事は疲れる。そんな事を書きながら、考えるという事を考えている始末。

 考えるという事を考える、という事を考えだす前に、何とか書き終えてしまいたい。

 いっそのこと、脳ミソにヒアルロン酸をぶち込んで、綺麗さっぱり、ツルツルにしてしまえば楽になるだろう。子供の頃に、よく駅前で見かけた、チューハイ片手に意味不明の言葉を怒鳴り散らすオッサン。あの境地に辿り着けば、きっと天国だ。

ADVERTISEMENT

 この小説を読んでいる間、ずっと苦しかった。考えるという事を考えるからだ。

 あまりに切実で、直接的に訴えかけてくる文章。ナンパをする時、最初から相手に、「今から君とセックスがしたい」と伝えるような文章。

「ねぇ、今何してるの?」「ねぇ、これから時間ある?」「ねぇ、どっか行かない?」「ねぇ、カラオケか居酒屋どっちが良い?」等のまどろっこしい台詞。それらを排除して、ただゴールに直結した文章。それ故に、当然成功しない。それどころか、どんどんレールから脱線して行く。世の中にはルールがある。コミュニケーションというツールを使いこなせなければ、居場所を確保する事も難しくなる。

 失格者として、それでも、誰もいない道を走り続ける主人公に自分を重ねるのは簡単だった。苦しさの正体は共感だった。

 これだけ笑いに向き合っている主人公は、全然笑っていない。昔見た、ガーナの子供たちがチョコレートの味を知らないというニュースを思い出した。笑いの事を四六時中考えて、笑いに人生を捧げた主人公が一切笑っていない。笑いを作っている本人が笑っていない。

 血と涙と汗と泥にまみれて、笑いを追求し尽くした上での、そんな渾身のボケは、やっぱり切実過ぎて、もう笑うしかない。

 そこにはもう、笑いしかない。

つちやたかゆき/1988年生まれ。「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得。以降「オールナイトニッポン」「伊集院光 深夜の馬鹿力」など数々のラジオや雑誌で圧倒的な採用回数を誇る伝説のハガキ職人に。人間関係不得意。

おざきせかいかん/1984年生まれ。ロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル、ギター。昨年、初の小説『祐介』を上梓した。

笑いのカイブツ

ツチヤ タカユキ(著)

文藝春秋
2017年2月16日 発売

購入する 
尾崎世界観が苦しみながら読んだ、伝説のハガキ職人による私小説

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー