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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/04/04

世界で2番目に臭い食べ物!? 韓国の発酵エイ料理「ホンオ」の衝撃

イラスト 小幡彩貴

「ホンオが食べたい」と私が言うと、韓国の友人カンさんは実に浮かない顔をした。先日ソウルへ行ったときのことである。

 ホンオとは韓国語で「エイ」のこと。エイはサメと同様、ちょっとでも鮮度が落ちるとアンモニア臭を発するので日本では敬遠される(乾燥させたエイヒレぐらいしか食べない)が、韓国ではわざわざ瓶の中で発酵させ、アンモニア臭を何倍にもアップしたものを食すという。

 発酵学の小泉武夫先生によれば、世界でいちばん臭い食べ物はスウェーデン人が屋外で食べる魚の発酵食品「シュールストレミング」、そして二番目がこのホンオだという。

 その威力たるや凄まじい。小泉先生は「食べたあとで失神したり入院したりする人が大勢いる」などと語っている。先生自身、ホンオの刺身を口に入れたまま深呼吸したら、「目の前がスパークし気が遠くなった」そうだ。

 そんなに過激なものが屋内の料理屋で提供されているということが信じがたい。カンさん曰く「韓国人でも好きな人とそうでない人にはっきり分かれます。僕は好きじゃないですね」。

 それでも友誼に厚いカンさんは、ホンオ好きの友達らと一緒に専門の店へ連れて行ってくれた。

 意外にも半分以上は女性客。ホンオ・マスターの友達は「ここは初級者用の店です」と説明。実際に大皿にのって登場したホンオの刺身はさして臭わない。

 しかし油断は禁物だった。「え、これ全然臭くないじゃん」と皿に鼻をくっつけてクンクン嗅いだカンさんは次の瞬間、「うわっ!!」と叫んで後ろに吹っ飛び、蟹のようにひっくり返って口から泡を吹いた。アンモニアをじかに吸い込むとものすごい衝撃を受けるらしい。小泉先生の言ったとおりだ。

見てくれはゴージャスなホンオの刺身

 私はカンさんの突撃精神に敬意を表しつつ、その二の舞にならぬよう、慎重に息を落ち着けながら食べた。コチュジャンに酢と砂糖を加えたタレにつけて口に入れると、アンモニア臭がもわっと広がり、えもいわれぬまずさ。軟骨がとおっているらしく、刺身なのに妙にゴリゴリしてそれも喉を通りにくくさせる。

 やっと飲み込むと、マッコルリを一杯流し込むのが作法。乳酸発酵酒が口から胃まで嫌な臭いを洗い流してくれるようでホッとする。

 しばらくして気づいたのだが、このアンモニア臭はフランスチーズの匂いによく似ている。でもチーズには乳製品特有の甘くて濃い匂いも含まれるし、味ももっと複雑でまろやかだ。ホンオは単調な刺激臭しか感じられない。

 なんてことを思ったのだが、ホンオ・マスターは「次の食べ方」を教えてくれた。今度はキムチ、サムギョプサル(蒸した豚バラ肉)と重ねて一緒に食べる。これは「三合(サマップ)」といい、オキアミを発酵させたタレにつけて食べる。

 量がかさばるので口に押し込んで無理矢理かむ。韓国らしい強引さに辟易しかけたが、噛んでいたら「おっ!」と思った。

 けっこういけるのだ。キムチの爽やかな発酵とふっくらしたサムギョプサルと合わさると、私が発酵食品に求める複雑かつまろやかな味わいになってくる。アンモニア臭もここではアクセントとして効いている。さらにその応用編として、三合をサンチュやエゴマの葉で包むともっと香りや風味が豊かになる。

 正直言ってまだ「美味い!」とまでは思わないが、食べれば食べるほど好きになっていく感覚がある。それは臭いフランスチーズを初めて食べたときの感覚にも似通っている。

 しかし、これはあくまで初級用ホンオ。次回は「本場」で中級・上級にチャレンジすることにした。