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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/04/11

世界最凶の臭気! 韓国で恐怖のスパークリング・エイ料理「ホンオ」を食す

イラスト 小幡彩貴

 店で出される料理としては世界で最もくさいと思われる韓国のアンモニア・スパークリング・エイ料理「ホンオ」。その本場は韓国南西部にある町・木浦(モッポ)である。私は別の取材のついでに、韓国人の(でもホンオは嫌いな)カンさんをなだめすかして、この町にやってきた。

 市場周辺はホンオ一色。市場の目抜き通りにはホンオの刺身を切って箱詰めする店がずらりと軒を連ね、小型のエイの開きが干してある。面白いことに干したエイはアンモニア臭がせず、居酒屋のエイヒレの匂いがする。何ヶ月も掃除してない小便器のような臭いのホンオになるか、エイヒレになるかはごく小さな分かれ道らしい。

「度肝」を抜かれたミルキーな「肝」

 私たちは市場前に並ぶ料理屋にてきとうに入り、ホンオを頼んだ。今日は中・上級編だ。まずは「肝」。これには文字通り「度肝」を抜かれた。絶品なのだ。ちょっと牛乳がかかったかのように白っぽい見てくれだが、食べてみても不思議とミルキーな風味がある。ものすごく新鮮らしく、おぼろ豆腐のように口の中でぷるぷる震え、そのままヨーグルトのように溶けそうなのに、噛むとプチッという歯ごたえがしっかりある。これがあの下品なアンモニア・スパークリング魚の肝とは到底思えない。「ホンオなんか絶対食べない」と思った人も肝だけは試すべきだろう。

 続いて刺身。「すごく腐ったやつ」(発酵がすごく進んだホンオを韓国ではそう言う)を頼んだ。しかし、結果は「うーん……」。さほど刺激的な感じはしないし、アンモニア臭よりも魚の生臭さが鼻につく。

 臭さやまずさも中途半端で、わざわざこの遠い港町まで来て食べるほどのインパクトは感じないのだ。ホンオ、みんな大げさに言いすぎなのではないか?

 だがまだ終わりではない。というか、これからが本番だった。締めにホンオのチム(蒸し料理)を頼んだ。大皿に、ネギ、ニンジン、ニラが入っており、遠目にはふつうの魚の蒸し料理に見える。だが、スプーン一杯分の塊をとって口に入れると強烈。湯気と一緒にアンモニア・スパークリングがジュワーッと口から喉、鼻と呼吸器に充満するのだ。飲み込んでも胃から臭気が逆流してくるので、急いでマッコルリを流し込む。

世界最凶の臭気を放つホンオの蒸し料理

「なんじゃこりゃ!?」こんな食べ物、あるのか? どうしてこんなものを食べようと思うのか?

 俄然おもしろくなり、二回目は思い切ってガバッと大量にすくって口に放り込んだ。すると、大変なことが起きた。舌と口腔内へビリビリと電気が走り、直後、それは塩酸でもぶっかけられたような全面的な衝撃となって口全体が焼けただれていくような感覚に陥った。

「うわっ!」

 火傷したときの習性で、新鮮な空気を入れるべく口を開いたら……ドカーン! ときた。入ってきたのは空気じゃなくて毒ガスだった。そう、ホンオを口に入れたまま呼吸するのはタブーなのだ。目に星が飛んだ。ちょっと貧血っぽくなって焦ったが、口を開けるともっと悲惨なことになるので、必死でこらえてなんとか飲み込んだ。

 ――はあ……。

 なんて恐ろしい食い物だろう。まだ口が痺れているし、頭も痛くなってきた。

 ところが、またしばらく間を置くと、なんとなくスプーンがホンオに伸びている。あんなに激烈にまずいのに、一体なぜだろう。

 まるで自分がホンオに支配されつつあるような、アンモニア・スパークリング人間と化しているような、不気味で倒錯的な魅力を感じてしまったのだった。