昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

竹内 明
2017/04/12

「スパイ」と「外交官」を見分けるポイントは? CNN報道をめぐる議論

旬選ジャーナル 目利きが選ぶ一推しニュース

▼〈セルゲイ・キスリャク駐米ロシア大使は何者か?〉CNN電子版 3月2日

 先月二日、CNN電子版に掲載されたあるスクープ記事が、諜報・防諜当局者の関心を集めている。セルゲイ・キスリャク駐米ロシア大使(66歳)を「スパイ」と断じる記事である。

「現職と元職の諜報当局者によると、キスリャク大使はトップスパイであり、スパイの勧誘員(リクルーター)である」「九年間も駐米大使を務めるのは通常でない長さ」

 記事はロシアの米大統領選介入疑惑に関連するもので、キスリャク大使はトランプ政権のフリン前国家安全保障担当補佐官やセッションズ司法長官らと秘密接触をしていたという渦中の人物だ。このキスリャクが本当にトップスパイなら、トランプ政権はロシアの諜報工作によって生み出されたとの疑惑が色濃くなり、正統性が揺らぐ事態となる。

 だが、キスリャクの経歴は、典型的な職業外交官のものだ。一九七七年にソ連外務省に入省、在米大使館や国連代表部など米国畑が長く、NATO代表や外務次官も務めている。ロシア外務省の女性報道官はCNNのぶら下がり取材に「彼は著名な、国際レベルの外交官です。スパイとか、勧誘員とか? オーマイゴッド! 嘘や誤報を垂れ流さないで!」と撥ね付けた。

 だが、この反応だけで誤報と片付けることはできない。「スパイではなく外交官だ」というのは決まり文句だからだ。

 ロシア最大のスパイ機関といえば、旧KGBの対外諜報部門を引き継いだ、SVR(ロシア対外諜報庁)である。SVRは全世界に諜報網を張りめぐらしていて、各国の防諜機関が警戒しているわけだが、スパイの判別は極めて難しいと、警視庁のスパイハンターは言う。

 SVR東京支局は狸穴のロシア大使館にある。大使館員を偽装し、外交特権を持って活動するオフィシャルカバー(OC)のスパイと、記者や航空会社駐在員など民間人を偽装するノンオフィシャルカバー(NOC)のスパイがいる。諜報対象国の国民に成り済ますイリーガルも潜り込んでいる。

 スパイと外交官を見分けるポイントは、(1)秘密接触などの特異行動、(2)肩書き、(3)海外情報機関の通報、だという。

 SVRの支局長は大使館の「参事官」という肩書きで赴任し、専用車と運転手がつくのですぐに分かる。しかし末端のスパイは、CIAが亡命者から聞きだした情報を貰うか、機密文書を秘密の場所に埋めておくデッドドロップや尾行点検といったスパイ特有の動きでもしない限り見分けはつかない。

 実は日本でも以前、キスリャク問題と似た騒動があった。赴任してきた大使がSVR関係者ではないかという疑義が浮上したのだ。キスリャクと同様、他国での大使経験もある大物だ。だが彼の場合、日本のスパイハンターによる監視活動で疑いは晴れたのだという。

 このように諜報の世界では、スパイか外交官かの判別が微妙なだけに、その判定に政治的な思惑が介入することもある。今回のCNN報道については、トランプ政権への打撃を狙った米諜報当局者が、グレーな情報をリークしたのではないかとの分析が支配的だ。

 だが、筆者は日本のあるスパイハンターの分析に賛同する。

「プーチン率いる諜報大国ロシアではスパイと外交官の区別は本質的な意味をなさない。だって、相手国に政界工作をかけて、協力者を養成し、自国の利益にする手法は、スパイも外交官も共通しているのだから」

 CNN報道を巡るこの議論は、防諜意識の低い日本には無縁だが、知っておくべきニュースであるのは間違いない。

はてなブックマークに追加