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連載歴史・時代小説の歩き方

大矢 博子
2014/10/18

栗のままの姿見せるのよ
――秋の和菓子を小説で楽しむ

 九州から名古屋に嫁いで18年。当初は戸惑うことだらけだった。特に食べ物! トンカツに味噌、うどんに味噌、おでんに味噌、つけて味噌かけて味噌。何を食べても味噌の味。トーストには餡を塗り、スパゲティにはあんをかける。どれを食べてもアンの味。つまりは調味料文化なのだ。味噌もあんも美味いからいいんだが、新参者の私は時々不安になった。名古屋に〈素材の味〉という概念はないのか?

 そんなとき出会ったのが栗きんとんである。衝撃だった。それまで栗きんとんと言えば、おせち料理に入っているアレしか知らなかったところに、名古屋の――正確には岐阜県美濃地方の栗きんとんはまったくの別物だったのだ。裏漉しした栗の実を茶巾型に成形した、栗のままのレリゴーな和菓子なのである。しっとりして、濃厚な栗の味が口の中にふわりと広がる。うっとり。

 時代小説ではなく現代ものの青春ミステリだが(初手からコラムの主旨ガン無視)、米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件』(創元推理文庫)に、この美濃式の栗きんとんが登場する。さすが岐阜出身の著者、短い文章で見た目も味も的確に描写しており、登場人物がこの栗きんとんを食べる場面(下巻の終盤)を読むと、口の中にあのしっとりが甦る。当然食べたくなる。でも買えるとは限らない。だって季節ものだから。それが和菓子の宿命だ。

秋期限定栗きんとん事件〈上〉(創元推理文庫)

米澤 穂信(著)

東京創元社
2009年2月 発売

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秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

米澤 穂信(著)

東京創元社
2009年3月5日 発売

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 栗きんとん、栗饅頭、栗鹿子、栗羊羹……ああ、よだれが。それぞれ生まれた時代は違うし、時代によって製法や形は変わっているものの、昔から栗は和菓子の材料として親しまれている。実は縄文の古代より日本に自生していた秋の果物がふたつあり、そのひとつが栗なのだ。縄文だぞ縄文。つきあいが長いどころの話ではないのである。

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