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連載中野京子の名画が語る西洋史

中野 京子
2017/01/25

ロシアのモナリザ

モデルは高級娼婦か、アンナ・カレーニナか

忘れえぬ女 1883年、油彩、75・5×99cm、トレチャコフ美術館(モスクワ)
©ユニフォトプレス

美女は謎めいてこそ

「王が死に、それから王妃が死んだ」という文章と、「王が死に、悲しみのあまり王妃も死んだ」の間にどれほどの隔たりがあるかは、すでに論じられてきた。では、『見知らぬ女』と『忘れえぬ女(ひと)』の場合はどうか?

 前者はクラムスコイ本人が付けたタイトルで、後者は初めてこの絵を展示した日本の美術展が付けたとされる。前者のそっけなさに比べ、後者にはロマンが感じられ、画面と響きあう。こちらで記憶している人のほうが多いだろう。

 ――帝政ロシア末期、初冬のペテルブルク。あなたは雪まじりの道を歩いている。そばを無蓋馬車が通る。ふと顔をあげ、黒ずくめの美女と目が合う。その刹那、空も建物も揺らぎ、遠のき、薄らいでゆく。時は止まり、彼女こそが全宇宙となる。

 なんと尊大な目つきだろう。いや、なんと憂いに満ち、哀しげな眼差しであろう……。

 気がつくと馬車はもういない。あなたは思い出す。彼女を知っている。彼女は夢の女だった。今とは違う世界で恋人だった。彼女のあの謎めいた表情。きっと何か言おうとしていたのだ。それを永遠に聞きそびれ、死ぬまで後悔するのだ。

 見る者の数だけイメージが膨らむ、そんな底知れぬ魅力によって、本作は発表時から評判を呼んだ。画家が完黙を貫いたこともあり、モデル探しは今に至るも盛んである。やれ高級娼婦だ、富豪の夫人だ、アンナ・カレーニナだ、と。

 アンナ説は必ずしも突飛ではない。クラムスコイは、トルストイの肖像を描くため彼の家に短期滞在していたことがある。しかもそれはちょうど『アンナ・カレーニナ』執筆の時期に重なる。またトルストイ描くアンナは髪が黒く、こめかみのところが少し縮れていた。この絵のように。

 彼女は「ロシアのモナリザ」とも呼ばれる。どこか東洋を感じさせる彼女のほうが、日本人にはずっと近しくずっと美しく思われる。

マフ―‐お金持ち専用

円筒形の防寒具マフは厳寒の北国で生まれたかと思えば、さにあらず、十六世紀ヴェネチアでの記録がもっとも古いという。十七、十八世紀にはヨーロッパ中で男女問わず流行し、支配階級のステイタス・シンボルとなった(召使に使用禁止した例もある)。確かに両手がふさがれるのだから、荷物を持つ必要のない身分の者しか使いにくい。毛皮自体も高価だ(白鳥の綿毛製まであった)。本作のマフは、鮮やかなブルーのリボン付き。

イワン・クラムスコイ Ivan Kramskoy
1837~1887
ロシアの画家。イタリア絵画の追随ではなく、真にロシア的なる芸術を目指した。

中野京子 Kyoko Nakano
作家・独文学者。著書『怖い絵』(角川文庫)など。本年から日経新聞夕刊「プロムナード」で毎週木曜、連載開始。

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