昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

目黒祐樹が語る「兄・松方弘樹の最期」――阿川佐和子のこの人に会いたい 前編

今年1月、兄・松方弘樹さんを喪った目黒さん。難病に冒された松方さんを見舞った際のエピソードや、華麗な女性遍歴へ苦言を呈したという話まで。そして松方さんと共演機会が少なかった意外な理由もうかがいました。

◆◆◆

遺体をみると、体は痩せてたけど、顔はきれいでした。このまま仕事場に行けそうなくらい。

阿川 このたびは、お兄さま(俳優の松方弘樹さん)のこと、心よりお悔やみ申し上げます。

目黒 お気遣いありがとうございます。

目黒祐樹 ©文藝春秋

阿川 実は私、松方さんと家が近くて、たまたまお目にかかることも多かったんです。また、この連載にご登場いただいて収録したのが2015年の11月、まさにこの部屋(ホテルの会議室)で。その後もすれ違うたびに「あっ、この間はどうも」なんてニコニコご挨拶してくださってたのに、ある日「松方弘樹、入院」というニュースを観てびっくり……。

目黒 去年の年明け、2月ですね。いきなり倒れたので私も驚きました。まっすぐ歩けなくなって「こりゃおかしい」と自覚して病院に行ったらしいんです。そのまま即入院で、それから11カ月、一度も退院できませんでした。

阿川 報道では脳リンパ腫が発見されたとありましたけど……?

目黒 私も聞いた話ですが、最初行った病院では検査ではっきり出なくて、大きな病院に移ったときに脳リンパ腫が発覚したそうです。しかも普通の脳リンパ腫じゃなくて、脳内の複雑に入り組んだところになにか染み込むように悪いものがあったらしく。これは10万人とか20万人に一人の稀な症状だったそうです。

阿川 20万人に一人!?

目黒 さらに入院中に小さいの大きいの合わせて3回脳梗塞をやったんですね。その併発が致命的だったみたいです。

故・松方弘樹氏 阿川対談にて(週刊文春2015年12月24日号) ©文藝春秋

阿川 目黒さんは松方さんが入院されてどの段階で知らせをお受けになったんですか?

目黒 どこに入院しているかというのも極秘にしていましたし、僕が行くことで感づかれるようなことがないようにとの配慮もあり、見舞いに行っていい状況になるまではしばらく連絡をじっと待っている状態でした。

阿川 直接、電話でお話しされたりは?

目黒 兄とは電話では話していません。体調の波もあったようですが、言葉もあまりはっきりとは……。

阿川 それはいつ頃の話ですか?

目黒 最初こそ多少は意思疎通が出来たらしいんですけど。数カ月後、ようやく僕が見舞いに行けるようになったころには「おお」とか短い言葉での反応くらいしか。

阿川 目黒さんのことを認識はできたんですか?

目黒 それはできましたけど、最後まで回復はしませんでした……。本人の意向で葬儀は大々的にやるのではなく、密葬にとのことでした。それで私と家内と、兄貴の最初の妻との子供たちが出席して。ただ梅宮辰夫さんは友人として1日兄に寄り添って下さいました。感謝の言葉もありません。

はてなブックマークに追加