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連載阿川佐和子のこの人に会いたい

松方弘樹は自分に正直に生きた――阿川佐和子のこの人に会いたい 目黒祐樹・後編

前編より続く)

勝新太郎さんから「『座頭市』をやれ」と言われた。

阿川 そのころはもう松方さんは映画界にどっぷりと?

目黒 当時、兄貴は25歳だからデビューして8年くらい経ってますよね。もうバリバリやってましたよ。

阿川 それをご覧になってどう思われたんですか?

目黒 違和感とか不自然さは感じなかったんですね。やっぱり親父がこの仕事をしていたもんだから。

阿川 帰国されてお兄さまと同じ道を歩まれたわけだから、お仕事の話をされたりもしたんですか?

目黒 それが、兄貴とは仕事の話はほとんどしなくて。プライベートの話や、お酒のことなんかはいっぱい話すんですけど。

目黒祐樹 ©文藝春秋

阿川 ちょうど約1年半前に松方さんにご登場いただいたときも、お酒の話をうかがいました。友達と遊びに店に行くと、先に三船敏郎さん、勝新太郎さんらがいらして、ご挨拶するとボトル1本出されて「これ飲んだら戻っていいよ」と言われたって。松方さんは1本くらいじゃほとんど酔っ払わなかったらしいけど。

目黒 それは先輩方がいらして、緊張してたんじゃないですかね(笑)。僕も似たような経験があって、京都のある店に行くと勝新太郎さんがいらっしゃる。挨拶に伺うと、「まあ座れ。おまえ、歌えるだろう」「歌は好きです」「それじゃ『座頭市』をやれ」って。

阿川 ええー!! 勝さんの前で!?

目黒 もちろん勝さんに逆らえませんから、御本人の前で図々しくも歌わせていただいたんです。すでに僕は酔っ払ってましたけど、さすがにガッチガチでした(笑)。

阿川 歌い終わってどうなったんですか?

目黒 実は、歌の最中に勝さんとたまたま眼が合って、何かこう、ニコッと笑って下さったような気がしたんです。嬉しかったですねぇ。でも、あとは緊張で何も覚えていなくて、今思い出しても冷や汗が出ます。本当に、若気の至りでした。勝さんは本当に素敵な方で、撮影所でたまたまお目にかかっても「この間、出てたテレビ観たぞ、面白かった」と、後輩が飛び上がりそうなくらい嬉しくなってしまう言葉をさらっとかけてくださるんです。

阿川 私の勝手な想像ですけど、勝さんもご兄弟で役者をやられて、目黒さんと同じく次男坊じゃないですか。そんな共通点もあって、気にかけてらしたんじゃないですか?

目黒 いやいや、めっそうもないです。

阿川 そうかなあ。やっぱり兄弟で同じ商売をしていると、比較されたり、お兄ちゃんのことを聞かれたりとかしません?

目黒 それはしょっちゅうでしたよ。間違えられることも多いですし。僕は慣れっこだけど、兄貴が「目黒さんですか?」って僕に間違えられたときは不機嫌でしたね(笑)。兄の立場として弟に間違えられるのはプライドが……。

阿川 許せないと(笑)。たしかご兄弟で共演されたこともありますよね?

目黒 何回かはありますけど少ないです。カットバックしても似た顔だと変わり映えしないじゃないですか(笑)。だからオファーがそもそも少なかったし、1度ヤクザ映画で共演したときは兄貴はそのままの顔なんですけど、僕はめちゃくちゃメイクして、「誰これ?」という顔で出ることになりました。

阿川 うう、弟は辛いのね(笑)。

目黒 ねえ。後に生まれたばかりに(笑)。やっぱり小さな頃から押さえつけられているから、大人になって腕っぷしで勝てても、精神的には力関係が出来上がってますし。でも、いまお話ししてて気づいたんですけど、もしかしたら無意識にできるだけ相手と違う道を選んでいたのかも。

阿川 違う道?

目黒 僕がずーっと芝居をしていたころは、兄貴はあんまり芝居や舞台はやらなかったんです。

阿川 ああ! 目黒さんはミュージカルもやられてますもんね。『大草原の小さな家』とか。

目黒 はい。チャールズ・インガルスという役を4年。『アニー』も8年やりました。兄貴はミュージカルはやってません。

阿川 元々、松方さんは歌手志望で、作曲家の先生の内弟子をやってらしたのに、どちらかというと歌は目黒さんの担当に(笑)。あと松方さんといえばなかなかスリリングなロマンスを重ねておいでのようでしたが?

目黒 女性関係ですか? 確かにおっしゃる通りかも知れませんね(笑)。

阿川 弟として、どんな風に見てらっしゃったんですか?

目黒 「1つずつ区切りをつければいいのに」って言ったことはありますよ。でも、兄貴は言っても止まらないしね(笑)。

阿川 あ、止まらないんですね(笑)。どうしても松方さんがスリリングな分、目黒さんは奥様思いの真面目なイメージがあります。

目黒 あ、そうですか? ありがとうございます(笑)。大人になって僕の方がおっとりしたんでしょうね。仕事においても、僕は「なにがなんでも、こんな役をやりたい」というよりはいただいた役をきちんとやることで次に繋がっていくと考えるタイプ。いま考えると欲がもっとあっても良かったのかな。性格かな? 僕に比べて、親父も兄貴も短気ですよ。よく釣り好きは短気が多いといいますが、うちの家を見るだけでもわかります。

目黒祐樹 ©文藝春秋

阿川 松方さんのマグロ釣りは有名ですが、お父さまも釣りがお好きだったんですか?

目黒 好きでしたね。亡くなったのも自分の家に作った釣堀のそばで倒れたのがきっかけですから。実は父が亡くなる10カ月前から半年間、僕は父から一言も口をきいてもらえなかったんですよ。28歳のときでした。

阿川 半年も? なんでまた?

目黒 おふくろが亡くなって、お通夜のあと、父と兄貴と僕とでお酒を飲んでいたんですけど、父がすごいピッチだったんですね。普段はおふくろがストップをかけるんですけど、いないから僕が「親父、そんなに飲んだらダメだよ」と言ったんです。そうしたら「なにぃ? なんて言った? おまえ!」とものすごい顔で怒った。「いや、親父まで具合悪くなったら困る。おふくろのいないいま、僕が言わなきゃ誰が言うんだ」って28年の人生の中で初めて口答えしたんです。