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連載シネマ桜吹雪

桜庭 一樹
2017/04/16

『作家、本当のJ.T.リロイ』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

“声”を奪われた作家

 深いトラウマに口を閉ざされ、“語り得ぬ自己”を抱えたとき。人は物語(嘘)を通してしか自分のことを話せなくなる。だから嘘つきのイタい女の子になったり、或いは表現者になったりする。それは紙一重の未来なのだ。

 このドキュメンタリー映画の被写体、ローラ・アルバートの場合はこうである。幼いころ性的虐待を受け、やがて自殺防止ホットラインに電話しては少年の“声”で助けを求めるようになった。大学に進学すると、創作コースを選び、少年を語り手にした小説を書きまくった。ところが教師から「女は女の語り手で書け」と言われた途端、ピタリと書けなくなってしまった。

 三十代になり、ローラは再び筆を取る。二〇〇〇年、J・T・リロイ名義で『サラ、神に背いた少年』を出版して大ブームとなるが、男娼の美少年を主人公にしつつ“自伝的小説”と銘打ったため、メディアに姿を現すことができない。困ったローラは知人の美少女に代役を頼む。するとこれが大受け! J・T・リロイ(の代役)はセレブの仲間入りを果たす。

 やがて「NYタイムズ」の取材で嘘を暴かれ、世間から非難の大嵐を浴びるが……?

 わたしが観ていて思ったのは、ローラ・アルバートは典型的な“憑依系”表現者だということだ。皆にちやほやされたかったわけではなく。ただ、自分の物語(嘘)が本の中に留まっているか、現実にまで拡張されるかという“範囲の問題”に興味がなかったのだなぁ、と。

 とても残念なのは、作家としてのJ・T・リロイが、フラナリー・オコナーやフォークナーなど南部ゴシック小説の系譜に連なる大型新人だったことだ。だがこのスキャンダルによって少年の“声”を失った。そのことに胸が痛む。

 祈る。ローラが作家の“声”を取りもどすことを。

 生きるために。再び小説を書くために。

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INFORMATION

『作家、本当のJ.T.リロイ』
新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか絶賛公開中
http://www.uplink.co.jp/jtleroy/

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