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宇都宮 直子
2017/04/18

羽生結弦の扉~真の王者であること

 平昌五輪で連覇を目指すための試金石とされたフィギュアスケート世界選手権のフリーで、世界最高得点をマークし、3年振り2度目の優勝を果たした羽生結弦。2014年ソチ五輪以降、成功と不運の間を行き来した"絶対王者"の苦悩に迫る。

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 フィギュアスケートを愛する私にはおよそ信じられないが、羽生結弦(はにゅう ゆづる)を知らない人がまだ、けっこういる。

 地方の書店の店員もそのひとりだった。

 スポーツ誌の名前を告げて、どこにあるかを訊ねると、

「ああ、はぶくんが表紙の」

 と彼女は笑顔で言った。

「いえ、はにゅうくんです」

 いささか気分を害して、私は答えた。

 そういうわけで、まず、羽生結弦がどんな選手かを綴っておきたい。

©榎本麻美/文藝春秋

 フィギュアスケートは、冬の華と言われる競技だ。2018年2月に韓国、平昌(ピョンチャン)で開催されるオリンピックでも、必ず人気になる。だから、羽生がどういう選手かを、知っていたほうがおもしろいと思う。

 たとえば、平昌には、羽生のオリンピック二連覇が懸かっている。達成できれば、オリンピック史上、アジア初の快挙だ。

 羽生は、14年ロシア、ソチオリンピックの金メダリストだった。普段は、カナダのトロントに拠点をおいている。

 2015年―16年に世界最高点を更新した。現在まで、それは破られていない。彼のパーソナルベスト、330・43が世界記録である。

 また、世界記録は今後さらに、「羽生によって」更新されていくだろう。むろん、言い切れないが、その確率は高いと思う。

 羽生の今シーズンのプログラム構成は、昨シーズンを凌駕する。ミス無く滑り通せば、330・43を10点以上、更新することが可能なのである。

 羽生は爽快にジャンプを跳ぶ。4回転ジャンプは3種類を持っている。トゥループ、サルコウ、ループだ。

 プログラム中のスピンは、すべてレベル4が取れるよう、組まれている。つまり、実施が完璧なら、最高評価のレベル4に認定される。

 クラシック曲がよく似合う。芸術性の高い選手だ。長い手足が、リンクに映える。ダンサーのようだ。

 性格は気が強い。とにかく強い。日本人離れしている。大勢の人が、そう言っている。私も、そう思う。

 フィギュアスケートに限らず、世界レベルで戦う選手はみんな、そうだ。押し並(な)べて、ものすごく気が強い。

 昔、スケートではない競技の世界チャンピオン(外国人だ)を取材したときには、息苦しさを覚えた。

 言葉は、火の玉のようだった。プライドは天を突くようだった。それはある種、憎悪にも似ていた。

 競技は違うと言え、羽生は現在、そういう場所で闘っている。気が強くて、幸いだった。そうでなくては潰されてしまう。

 羽生は、きわめてタフな心を持っている。烈しさを慎重に隠している。22歳にしては、ものすごくキュートに笑う。かなり率直に、話をする。

 過去、羽生を指導するブライアン・オーサーはどこか面白そうに、にこにこ笑って言っていた。

「結弦は僕の言うことなんて、ちっとも聞かないんだ」

 そのくらいで、ちょうどいいのではないか。だから、羽生は強いのだ。たぶん。