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鳥集 徹
2017/04/26

バイエル薬品“代筆論文”問題 医学界にも存在する「ゴーストライター」の正体

内部告発者の証言

 ゴーストライターといえば、タレント本などを思い浮かべる人が大半なのではないでしょうか。しかし、実は医学論文もゴーストライターが書いていることがあるのです。しかも、それらの多くが、製薬会社お抱えの執筆者によるものなのです。

製薬会社の社員がカルテ内容を無断で記録

 この4月10日、バイエル薬品の複数の社員が、患者のカルテを本人に無断で閲覧していた疑惑が発覚しました。2012年と13年の2回、宮崎県日南市内の診療所で患者百数十人に対して、抗凝固薬(血を固まりにくくする薬)の使用状況を聴き取るアンケート調査が行われました。その際、同社の社員がアンケートの回答と一緒に、調査に協力した患者のカルテの情報もエクセル(パソコンの表計算ソフト)に入力していたのです。

 私も、この問題を内部告発した同社の営業担当の男性社員に取材することができました。その話によると、パソコンに入力したカルテの情報には、血液凝固能、腎機能、肝機能といった検査データのほかに、降圧剤など他の種類の薬の使用状況や、その人が「がん」や「認知症」にかかっているとか、健康保険の負担率が1割か3割かといった内容まで含まれていたそうです。つまり、第三者に知られると困るような情報まで、製薬会社が勝手に入手していたというのです。

論文の著者である院長は脱字など2ヵ所を修正しただけ

 問題はそれにとどまりません。この調査結果は2本の論文にまとめられ、国内の医学誌に投稿されたのですが、それらの論文の作成まで同社が行っていた疑いも浮上しています。医学誌に投稿された論文の著者名は診療所の院長名になっていましたが、「医薬経済」RISFAX(2017年4月13日)の報道によると、論文の元原稿ファイルの「プロパティ」欄には、作成者として別の人の名前が表示されていました。

 私が取材した男性社員によれば、この名前は「バイエル薬品の元プロダクトマネージャー」とのことです。

「エクセルに入力したデータを本社に送ると、論文の元原稿ができあがって送られてきました。それを院長に見せたのですが、院長が行った修正は『てにをは』と『脱字』の指摘2ヵ所だけでした」(男性社員)

 この論文に掲載された調査結果のデータは、同社の新薬「イグザレルト」のパンフレットに円グラフなどを使って紹介され、同薬の医師向けプロモーションに活用されました。また、調査結果をもとに同社が発表用のスライド(パワーポイント)を作成し、それを使って院長が医師向けの講演も行っていたそうです。

内部告発した社員の証言「最初から組織ぐるみだった」

 この問題の発覚を受けてバイエル薬品は4月10日に、「本調査にご協力をいただきました患者様のカルテの一部をデータ転記のために特定の弊社社員が不適切に閲覧した事実があることが判明いたしました」と報告とお詫びのコメントを出しています。あたかも特定の社員が行った不適切な行為であるかのような書きぶりですが、男性社員は次のように証言します。

「カルテ閲覧は上司である営業所長からの指示によるもので、エクセルのデータ入力用フォーマットも本社から送られてきたものでした。私は無断でカルテを閲覧してはいけないと思ったので上司や会社に訴えたのですが、逆にパワハラに遭い、やむなく厚生労働省や国会議員に告発しました。最初から組織ぐるみで行われた調査だったのは、間違いありません」

 なぜ、このようなことが行われたのでしょうか。それは、イグザレルトには「ワーファリン」と「プラザキサ」というライバル薬があるからです。これらの薬は心房細動(不整脈の一種)による脳梗塞などを防ぐために処方されるのですが、論文では、1日1回の服用ですむイグザレルトはワーファリンやプラザキサに比べて「飲み忘れが少ない」という調査結果になっており、医師向けのパンフレットでもそのデータが強調されていました。

社員は上層部に問題を訴えたが…… ©iStock.com

ライバル社の薬に勝つため営業用パンフレットに使用

 つまり、バイエル薬品は、ライバル薬に打ち勝つためにカルテ閲覧を含む患者調査を企画し、医師の名前を借りてお手製の論文を作成していた疑いがあるのです。男性社員によると、実際にパンフレットは医師向けの営業に使われ、処方薬切り替えの説得材料として効果抜群だったそうです。イグザレルトは発売5年目の2016年に、前年比24・1%増の641億円の売り上げを達成しています。このパンフレットによるプロモーションも、少なからず貢献した可能性は否定できないでしょう。

 その後、論文は「調査の実施主体がバイエル薬品であることが書面上明確にされていなかった」という理由で、2016年1月に医学誌の掲載が取り下げられました。

 それにしても、「医学論文に製薬会社のゴーストライターがいたなんて」と驚いた人も多いのではないでしょうか。しかし、医学論文におけるゴーストライターの存在は以前から指摘され、問題視されていました。今回発覚した問題も、実は「氷山の一角」である可能性があるのです。