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河野 太郎
2017/05/06

文科省国立大「現役出向」241人リスト #1

問題は天下りだけではない。これが“植民地化”の実態だ

前川喜平事務次官が引責辞任する事態に発展した、文部科学省の組織ぐるみの「天下り斡旋」。このような事態を招いた“温床”として、自民党行革推進本部長の河野太郎氏が問題視するのが、現役の文科省職員による国立大学への「現役出向」だ。理事だけで75名、役員・幹部職員全体で241名にのぼる「現役出向」の驚くべき実態を明らかにする。
(出典:文藝春秋2017年4月号・全3回)

 文部科学省をめぐる「天下り斡旋」問題が、世間を騒がせています。

 国会でも審議されたのは、吉田大輔元高等教育局長が早稲田大学に教授として再就職したケースです。文科省人事課が組織的に斡旋していたという、明らかに違法と認定できるケースでした。この問題で、前川喜平事務次官が引責辞任する事態に発展しました。

辞任した前川喜平前文科事務次官 ©共同通信社

 さらに2月21日には、文科省による全容解明調査の中間報告が発表されました。そこで、新たに17件の違法な天下りがあったことがわかりました。事務次官から人事課員まで16名もの文科省職員が関与する大規模な構図が明らかになったのです。

 早大のケースを聞いたときから「1人だけのはずがない」と思っていましたが、まさかここまで堂々とやっているとは――。長年公務員制度改革や行政改革にかかわってきた私にも想像すらできませんでした。

「隠蔽マニュアル」「引継ぎ文書」の存在が明らかに

 中間報告で明らかになった具体的な手口は、きわめて悪質でした。

 筑波大学、上智大学などを舞台に、文科省OBを求める大学に文科省側がリストを提供したり、文科省人事課職員が再就職の条件を大学側と協議するなど、文科省が天下りを組織的にバックアップしていたのです。さらには、天下りの仲介役を務めていた文科省OB・嶋貫和男氏の存在も判明しました。文科省内では、彼の名前が表に出ないようにするための「隠蔽マニュアル」や「引き継ぎ文書」まで作っていたのです。

 そもそも「天下り」とは、国家公務員を辞めた人間が、その省庁と関連する企業や公益法人、団体等に再就職することです。

 その中で、国家公務員法で違法とされているのは、現役職員が同僚やOBの再就職を斡旋するケースや、現役職員自らが在職中に補助金や許認可などで関係のある企業・団体に求職活動するケースなどです。文科省をめぐっては、中間報告までに27件が違法と認定されました。

 私は、2015年10月から昨年8月まで、国家公務員制度担当大臣を務めていました。当時のことで鮮明に覚えているのは、中央官庁の幹部たちに「いま天下りはどうなっているの? 斡旋はあるの?」と問い質したときのことです。彼らは一様に「それはもう違法ですからできません」と、堂々と答えていました。

 ところが、それからときを置かずして、今回の事態が判明しました。残念なことですが、公務員制度担当大臣であった私は、明らかな「嘘」をつかれていたわけです。

文科省職員の1割以上が「現役出向」

 私はいま、この「天下り斡旋」問題の温床ともいうべき、ひとつの慣例を問題視しています。

 それは、国立大学への「現役出向」です。現役の文科省職員が、本来は独立したはずの全国の国立大学に出向という形で数多く“派遣”されているのです。

 昨年来、私は現場の研究者との対話を続けてきました。その中では、現役出向に関して数多くの証言が寄せられました。そこで、自民党行革推進本部として文科省に事実関係を問い合わせたのです。その詳細が、次頁に掲載した表です。

 驚くのはその数です。理事だけで75名、役員・幹部職員全体では、実に241名が計83大学に出向しています。北海道から沖縄まで、全国津々浦々の大学に文科省職員が出向している。その数は文科省職員の1割以上にあたります。

国立大学が「文科省の植民地」になっている

 さらに問題なのは、出向先の大学で就いているポストです。

 表を見ても分かる通り、理事や副学長、事務方のトップである事務局長、さらには財務部長、学務部長といった、大学運営の中枢を担う役職が目立ちます。表の冒頭にある北海道大をみても「理事(兼)事務局長」「学務部長」「総務企画部人事課長」「財務部主計課長」などの要職を文科省からの出向者が占めています。旧帝大を中心とした大規模の大学は出向者数も多く、最多の東京大、千葉大は10名ずつ受け入れている。

 彼らが主要なポストを担っている全国の国立大学は、いわば「文科省の植民地」ともいえる状態なのです。

 そもそも国立大学は、文科省の内部組織でした。それを大学の自由裁量を増やし、独立性を高めることを目的に、2004年に「国立大学法人」に衣替えしました。学長の権限を強めて、民間組織のようにトップダウンで変化できる体制を目指したのです。ところが実態としては、文科省による強固な国立大学支配が続いているのです。

(#2に続く)

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