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河野 太郎
2017/05/08

文科省国立大「現役出向」241人リスト #3

問題は天下りだけではない。これが“植民地化”の実態だ

241名、計83大学の文部科学省職員の国立大学への「現役出向」の実態を明らかにした(第1回参照)自民党行革推進本部長の河野太郎氏は、「現役出向」が事実上の天下り支援制度と化し、教育行政に負の側面をもたらしていると指摘する(第2回参照)。「文科省不要論」を唱える河野氏がこれからの教育行政の在り方を提言する。
(出典:文藝春秋2017年4月号・全3回)

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文科省不要論

 私は、これまで「文科省不要論」を唱えてきました。昨今の惨憺たる有様を見るにつけて、その考えをより強くしています。

 文部科学省は、解体して国の教育行政をスリム化すべきです。初等中等教育は、財源とともに地方自治体へ移行させる。また、高校についても、都道府県に委譲する。大学については、国が管轄するしかありませんが、文科省からの現役出向は禁じて、本当に必要ならば出向ではなく「転籍」させる。現在のように、文科省にお伺いを立てなければならないようなシステムは壊し、国立大学法人化したときに目指した原点に立ち返るべきです。

 科学技術行政についても、文科省が足を引っ張っています。私は、科学技術政策は文科省から引きはがし、官邸主導の国家戦略とすべき分野だと考えています。すでに、省庁の垣根を超えた司令塔となるべき内閣府の総合科学技術・イノベーション会議があります。

 文科省は「ナショナル・プロジェクト」と銘打って新しい予算をどんどん獲得しようとしています。ときに文科省が「こういう方向性の研究が大事だ」などと力説しますが、それは文科省が判断すべき事項なのでしょうか。また、文科省にその能力があるのでしょうか。例えば、高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」に、毎年200億円を垂れ流し続けてきた責任官庁は、まぎれもない文科省です。

文科省は不要? ©文藝春秋

 科学研究費補助金(科研費)に象徴される競争的資金の本質は、研究者自身が「こういう研究をやりたい」と計画を立てる点にあります。

 今日、一部の研究者の間でも誤解されていますが、我が国の科学技術研究予算の総額は決して減っていません。むしろ、科学技術振興費は平成元年比で3倍以上に増加しており、これは社会保障費の伸び率より高くなっています。科学技術立国を目指して予算を配分してきた結果です。「日本は基礎研究の予算を削っている」という指摘も俗説にすぎません。つまり、文科省は研究者に誤解されるようなお金の使い方しかできていないのです。

 基礎研究はプロジェクトを1000件やって発見が一つあるかどうか。そこには継続的に予算を投入する必要があります。

 研究とは関係のない無駄な書類記入のような非生産的な作業を増やしている間に、日本の大学や研究機関の国際競争力はどんどん低下しています。

 文科省によって歪められた大学や研究者のあり方を正常化するに当たっては、まずは効率的な研究環境を整備する必要があります。

研究者が使う競争的資金のルールを統一

 自民党の行革推進本部が再三申し入れを行った結果、動き出したこともあります。

 研究者が使う競争的資金は、文科省だけではなく各省庁が予算を持っていますが、すべてルールが違いました。書類の提出期限、出納整理期間、消耗品を買っていいかどうか、そしてもちろん書式も省庁ごとにバラバラでした。提出する研究者からすれば、そのたびに書類も作成し、ルールを把握しなくてはいけませんでした。

 そこで大学を管轄する文科省を呼び出して統一を迫りましたが、「他省庁については、うちからは言えません」。そこで内閣府の担当者を問い質しても「統一を図ろうと思って3年やっていますが失敗しています」。

 まったく埒が明かないので、全省庁の競争的資金担当者を行革推進本部に呼び出しました。そして、私から「来週までに統一ルールを決めなければ、こちらで決めたルールに従ってもらう」と告げました。すると、翌週にはキチンと案が出てきました。2015年度の募集から、各省の競争的資金は統一ルールで運用されています。そうやって一歩一歩、変えていくしかありません。

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