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松尾 諭
2017/05/06

「拾われた男」松尾諭 #2「なぜかモデル事務所に足を踏み入れた日」

まつお・さとる/俳優。1975年生まれ。写真は『シン・ゴジラ』の泉修一役。 「シン・ゴジラ DVD2枚組」¥3,800+税 発売中 発売・販売元:東宝 ©2016 TOHO CO.,LTD.

 このギョーカイに入ったきっかけは、かなりおおざっぱにかいつまんで言えば、演劇を志し上京したキャリアも美貌も持たない男が、青山の路上で芸能プロダクションの社長が落とした航空券を拾い、それが縁で事務所に所属になった、と言うややこしい話である。ちなみに弊社FMGは、Fashion Model Groupの略、つまりモデル事務所なのだが、あまり親しくもない人にこの話を伝える時は、さらにかいつまんで

「青山でモデル事務所にスカウトされた」

 と言う。ただし、大半の人は、そんな馬鹿な、となり、結局ちゃんと説明する羽目となる。

「なんで演劇なんてするの。金にもならないし何もいいことないよ」

 17年前の2月、落とし主の事務所社長との初対面を果たし、そこから華々しい芸能生活がスタートする訳ではもちろんない。3月末には唯一受験可能だった某劇団のオーディションが控えており、そもそもプロダクションがどういうモノかもわからず、社長の質問に曖昧な返答をしていると「そのオーディションの結果が出たら教えてくださいね」とのこと。

 生まれて初めてのオーディション。新宿にあるスタジオに向かうと、整理券はイの一番。8人1組となり会場へと通される。審査員席には見覚えのある顔が。「あぶない刑事」に出てた人だ、そうかあの人もこの劇団の人なんだ、あの人好きなんだよな、なんて思っていると、その方が開口一番、

「なんで演劇なんてするの。金にもならないし何もいいことないよ」

 とおっしゃる。夢を抱いてここに集まった金の卵たちに、このオヤジはなんてこと言いやがるんだ。こっちは必死で金貯めて、やっとの思いでこのオーディションに来てんだぞ、クソッタレ。そんな気持ちをなんとか顔に出すだけに留め、早速イの一番の僕の出番。山だか海だかに何かがどうしたかこうしたかを、どうこうして表現してください、と言った課題だったように思う。初めて人前で「表現」をする僕には、メソッドもなにもあったもんではなく、あるのはともかく思い切り。無闇に大きな声と大きな動きで「何か」を表現した、ように思う。当時の記憶はほぼどこかへ飛んで行ってしまったけれど、スタジオを後にした僕には、それまでの人生で感じたことのない達成感があった。それはよく憶えている。

イラスト:松尾諭

 そして2週間後、劇団から合否の通知が、思ったよりも簡素な封筒で届いた。結果は不合格。ちくしょうあのオヤジ。そして同じく劇団員のあの名優にあの名優め。あんたたちに師事すると夢見たこの2週間を返せ。そんなぶつけようのない怒りはアルコールできれいさっぱり洗い落とし、翌日、くだんのモデル事務所社長に不合格の旨を伝えると、事務所に来いとの事。

 北青山の年季の入った雑居ビルの一室の、こぢんまりとしたオフィスには女性が4名デスクに着いており、あまり状況が把握できないまま自己紹介する僕を見る彼女たちの眼は、まるでボロ雑巾を、牛乳を拭いて洗わずに放置されたままのボロ雑巾を見るかのようであった。

モデル事務所に、五厘刈りの目つきの悪い男

 後になって聞いたところ、社長に落とし物が届いたと連絡があり、警察署に取りに行った折、拾い主がお礼を求めていると聞かされ、国内線の航空券でお礼を求めている事にまず不安があったらしい。怪しんではみても警察からはお礼をするようにと連絡先を聞いているので、渋々拾い主に電話してみると、平日の昼過ぎにもかかわらず受話器の向こうには寝起きの男性の声。事務所内では、そんな危険な男と会うべきではないと言う意見が多数だったらしい。そしてその男がついに事務所にまで入り込んできたのだ。若く美しい女性が多数在籍するモデル事務所に、五厘刈りの目つきの悪い男が、まだ肌寒い4月の上旬にTシャツで上がり込んできたものだから警戒されないわけがない。

 それでも、社長がそんな男を事務所に呼んだのは、本人曰く諸説あるが、最も有力な説は昨今まれに見る昭和顔だったというもの。長年モデル事務所で近代的な美男美女を見てきた彼女にとって、僕の顔は恐らくアヴァンギャルドだったのだろう。他の説には「ビビっときたから」というものもある。僕はこちらの説を推したい。

 芸能事務所の意味もよく分からなかった僕が、なぜ社長に招かれてのこのこと事務所にお邪魔したのかは、随分前の事なのではっきりとは覚えていないが、行けば役者になる手がかりがつかめるのではないか、もしかしたら何か仕事がもらえるのではないか、モデルの仕事をお願いされるのではないか、キレイな女の人がたくさん拝めるのではないか、などなど下心があったのかもしれない。それ以外に考えられる理由は「ビビっときた」から。今となっては定かではないが、僕は後者を推したい。

 マネージャー女史たちの冷淡かつ鋭利な視線にさらされ、これが芸能界の厳しさかと感じつつも下心からヘラヘラしていた危険な男が、2年後には事務所内で大役を担うこととなるのだが、それはまた別のお話。

まつお・さとる/俳優。1975年兵庫県生まれ。映画・ドラマで存在感ある脇役として活躍中。出演映画作品に『テルマエ・ロマエ』『シン・ゴジラ』、ドラマ作品に『最後から二番目の恋』『デート』『ひよっこ』など多数。

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