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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

羊と鋼の森――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 「調律師に一番必要なものって何だと思いますか」

 宮下奈都さんの『羊と鋼の森』という小説の中で、調律師を目指す主人公が先輩たちに質問するシーンがある。

 調律師にとって一番必要なものは何か。

 先輩たちは答える。

「チューニングハンマー」

「いや、そういうことじゃなくて」

 主人公がそう言うと、他の先輩調律師が口を挟む。

「根気」

「それから、度胸」

「あきらめ」

 読みながら考えていた。ピアニストである私にとって、一番大切なものは何だろう。本を閉じて、二十五年の時を遡った。

 

 ピアノを弾くために大切なもの。

 それは最初、花束だった。

 小学校に上がる前、私は小さな社宅に住んでいた。三階建ての鉄筋コンクリート、全十二戸。三階にある我が家の隣には、年の近い女の子が住んでいた。

 彼女とは同じ幼稚園に通っていた。やがて手を繋いでバレエ教室の見学に行き、セーラームーンのコスチュームを一緒に着るほどの仲になった。

 そんな彼女がある日、私をピアノの発表会に招待してくれるという。隣の家から音が聞こえていたから、ピアノを習い始めたことは知っていた。私はお気に入りのワンピースを着て、「発表会」という言葉の意味もよくわからないままに、母と二人で呑気にその会場へと出かけて行ったのだった。

 私はそこで、人生を変える衝撃の景色を見てしまう。

 演奏。静寂。立ち上がって、お辞儀。拍手。

 そして客席から次々に贈られる、花束……花束……花束……花束……

「私もピアノやりたい」

 帰り道、興奮気味に母に告げた。

「どうせ続かないでしょう」

 母は呆れて私の興奮をはぐらかした。でも私は、どうしてもステージに立って、あの両手いっぱいに抱えた花束を受け取らなくてはいけないと思っていた。そうでないと、嫉妬でどうにかなりそうなのだ。

「続く」

「続かない」

 断固拒否する母。私も負けじと応戦する。幼稚園のクレヨンを握りしめて、思いの丈を手紙に書いた。

 ぴあのやらせてください。ぴあのやらせてください。ぴあのやらせてください。ぴあのやらせてください。ぴあのやらせてください。ぴあのやらせてください。

 母は遂に根負けした。忘れもしない、五歳の春だった。

 ピアノを弾くために大切なもの。次にそれは、鍵になった。

 八歳になって、街のピアノ教室で上手だともてはやされるようになると、私は次第に練習をさぼるようになった。

 椅子に座って、時計を何度も見ながら時間が過ぎるのを待つ。ぺたぺたと鍵盤を触り始めると、頭の上から声が降ってきた。

「もうええわ」

 母は、ピアノ椅子に座る私の隣に立っていた。母は関西人だ。東京弁なら「もういいよ」なのに、関西弁で言われると俄然迫力がある。

 母は強引に私を椅子からどかせた。そして鍵盤の蓋を閉めて、私のことを睨みつけた。

「何なん」

 私も関西弁で返してみる。練習不足を責められていることは分かっていたが、バツが悪いので阿呆のフリをした。まるで何が起きているか全く想像出来ないというような顔で、私は母の動向を窺っていた。

 母は突然ポケットから大きな鍵を取り出した。そしてピアノの真ん中にある穴に差し入れた。

 私は驚いた。ピアノに鍵穴があることすら知らなかった。

 がちゃり、とピアノの中で何かが動いた。今度は本気で驚いた。

「もう弾かんでええわ」

 毅然とした態度。

「練習せえへんかったら、いらんやろ」