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90年代以降、若者はろくなことがないと思って生きているんじゃないか。──「作家と90分」松浦理英子(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/04/30

genre : エンタメ, 読書

note

読者から松浦さんへの質問

■これまでお書きになった小説の中で、一番思い入れの強い作品はどれですか。作品の中で一番好きな主人公と、一番嫌いな主人公は誰ですか。(50代・男性)

松浦 思い入れが強いのは、最新作の『最愛の子ども』ということにしておきましょう。一番好きな主人公とか嫌いな主人公は特にないんですけれど、書いた登場人物で読者に一番人気があったのは『奇貨』の本田ですね。それと、好き嫌いではないですが書いていて面白かった登場人物はいます。本田も面白かったし、『親指Pの修業時代』の体内に双子の兄弟を持っている保とか。今回の『最愛の子ども』だったら真汐にも思い入れがあります。けれども、単純に好きっていうことではないですね。書き甲斐のある登場人物ということで。

■中上健次さんは怖かったですか。(50代・男性)

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松浦 一度お会いした時は非常に優しくしていただきました。きっと長くおつき合いできていたら、怖い面も目撃することになったと思います。

■以前プロレスがお好きだと拝見したことがありますが、好きになったきっかけ、理由はなんですか。今でも試合を観に行ったりされているのでしょううか。(40代・女性)

松浦 基本的に、女性が世の中にどう見られるかを気にしないで、荒ぶる魂のままに闘っているような姿が好きだったんです。80年代半ばのクラッシュ・ギャルズのブームの時に、1度観に行っておこうと思って行ったら、大変面白かった。そしてブル中野さんという偉大なヒールを追って、本当にたくさんの感動を女子プロレスからいただきました。楽しい時間を過ごしましたし、作家としての刺激も受けました。今はちょっと…2000年代半ばくらいからはあまり観てないですね。最後に観たのはブル中野さんの引退興行です。

■松浦さんはジェンダーの問題をお書きになっていますが、最近のフェミニズムやフェミニストについて思うことはありますか。(20代・女性)

松浦 ジェンダー/セックスという枠組みはもちろん見えるわけですから、言及することはありますが、それに依拠して小説なり人間なり女性なりを考えることはありません。その枠の外側に出ないと、「種同一性障害」とか「ドッグ・セクシュアル」といった概念の出て来る『犬身』のような小説は書けないと思います。フェミニストの方は、支持してくださる方も、私のことを大嫌いな方もいらっしゃいます。まあ私を嫌いな方も私と敵対することで面白い視点が生まれるかもしれないし、いい結果になればそれでいいと思っています。

■『ナチュラル・ウーマン』の花世が夢に出てくるくらい好きでした。松浦さんは物語を書かれる時に、登場人物の顔や姿がありありと浮かんでいるのでしょうか。あんなに凶悪的に魅力的な人物がいかにして生み出されるのか、長年の謎です。(40代・女性)

松浦 性格とか言動とか人格のイメージはありますけれども、容姿のイメージはあまりありません。姿かたちはあまり決めない方が作者も読者も自由にイメージできていいかと思います。小説でも現実でも、人間は姿かたちよりも性格や人格がエロティックであるべきではないか、と言ってみたい気がします。

■松浦先生はマイノリティーや欲望される側への視点を常に持ち続けているように思います。松浦先生の作品では、暴力や痛みがどこか甘やかに描かれることもありますが、暴力や力というものを、どのようにとらえていらっしゃいますか。(20代・女性)

松浦 もちろん権力欲とか支配欲から出る暴力は嫌いですが、合意の上のプレイとしての暴力は実質暴力とは言えないものですよね。私の小説に出て来る暴力は、はっきりと口に出すわけではないけれど合意の上のものですから、陰惨なようでいてどこかに甘やかさがあるのだと思います。私は単純で率直なものも好きですけれど、性分としては一元的なものではなくて、メタレベルの存在するものが合いますね。プロレスもSMもそういう複数の次元が存在するものです。

■2015年6月、アメリカの連邦最高裁ですべての州で同性婚を合法化する判決が出ました。セクシャリティを問わず結婚について平等な価値を認める点で歴史的に意義深い判決だと思う一方、結婚および一対一の関係性への強い賛美にどこかひっかかるものを感じました。将来日本でも同性婚制度が導入されてより多くの人が結婚にアクセスできるようになるとして、私たちはこれから結婚というものをどのようにとらえていけばいいのでしょうか。(20代・男性)

松浦 結婚制度とか、家制度そのものへの疑問は当然あると思うんですけれども、でもやっぱり遺産相続であるとか、保険制度であるとか、パートナーが集中治療室に入った時に自分も入れるとか、結婚には実際的な利益がある。そうすると、少なくとも今の段階では、一対一の関係性を好む人たちは、結婚制度から自由になる方向に舵を切るよりも、すでにある制度に乗っかったほうが早いし楽なんですよね。また、結婚できるけれど事実婚を選ぶことと、結婚が認められないから事実婚を選ばざるを得ないことには、大きな違いがある。ですからアメリカの同性婚の合法化は、私は非常にいいことだと思っています。一度にすべての人が満足できるような改革はあり得ないでしょうし。

■関係について多くの作品を発表してきた松浦さんですが、今のアイドルについてはどう思いますか。アイドルとオタクの関係はもちろんのこと、アイドル同士の競争、ライバル関係、いじめ、さらにアイドルが人気を得たりするために他のメンバーと仲よくするいわゆる百合営業など、アイドルにはたくさんの関係が生まれています。(20代・女性)

松浦 今の日本のアイドルは実力主義でもなければ容姿至上主義でもないですよね。よく知らない頃は、それを物足りなく思っていたんですけど、うっかりアイドルのバラエティ番組などを観てしまうと、今まで特に可愛いと思っていなかったアイドルの才能や人物の魅力にふと気づくこともあるわけです。あるいは握手対応のよさとかで。それでファンになる人も多いと思います。つまり、今のアイドルは、人間の魅力は容姿だけではないということを若者に知らせる、すぐれた教育装置になっていると思うんですよ。ですから私は某巨大アイドルグループを高く評価しています。アイドル同士の関係性ではSKEの柴田阿弥さんと小林亜実さんの「ビジネス不仲」というのが好きでした。本当は仲が悪くないのに不仲を装うという。

 じつはこの『最愛の子ども』を実写化するとしたら、真汐は渡辺麻友さんが合うんじゃないかと思ってるんです。麻友さんが終始ムスッとした不貞腐れている感じでやってくれたら面白い画になるんじゃないかと。日夏を選ぶとしたら松井珠理奈さんかな。空穂は浮かびません。

■『最愛の子ども』の登場人物の名前は、キラキラネームを意識されているのでしょうか。(20代・女性)

松浦 今風の名前は意識しましたけれど、無理なく読めますし、キラキラネームではないと思います(笑)。私が考えると日夏とか、空穂とか、文学者風の名前になっちゃうんですね。別に日夏耿之介とか窪田空穂から取ったわけではなくて、つけた後で気がついたんですけど。

90年代以降、若者はろくなことがないと思って生きているんじゃないか。──「作家と90分」松浦理英子(後篇)

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