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森 絵都
2017/05/04

森絵都が選ぶ「遠いところへ連れていってくれる名短篇10冊」

オール讀物セレクション 作家の本棚

 短篇小説というのは、慎み深い突然の訪問者のようであってほしい、と思う。突然、訪問する時点ですでに慎みを欠いているとも言えるが、事前にしっかりアポを入れ、「では×時に」などと調整の上でピンポンを押すのは、やはり長篇小説の仕事のように思う。

 長い小説を迎えるとき、人はおのずと身構える。時間を捻出し、用事を済ませ、膝づめで向きあう支度をした上で、満を持してその客人と相対する。が、短篇小説のためにそこまでする人はいないだろうし、短篇小説も人にそこまでさせるべきではないと思う。

もりえと 東京都生まれ。2006年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞受賞。近著に短篇集『出会いなおし』(文藝春秋)。©細田忠/文藝春秋

 ふいにノックの音がする。扉を開けると、思いもよらない相手がそこにいる。思いもよらない相手は思いもよらない話を語りだす。靴も脱がず、お茶も無用と固辞して一途に語り、語り終えると去っていく。つかの間の珍客。なのに、何かが起こっている。来客の前と後とでは、世界がありありとその色彩を変えていることにあなたは気づく――

 と、そんな立ち居ふるまい(さっと訪れて、ぐっと刺す)こそが私の理想とするところの短篇小説なのだが、実際、世の中にはごく短い枚数で読み手の目に映る風景を一変させてしまうような、凄腕の刺客さながらの名作が多数ある。その短さ故に、そこには余計ある種の神秘が宿るのかもしれない。ぜひ皆さんにもそのショート・トリップを体験していただきたい――ということで、今回は選りすぐりの短篇十作を紹介させていただきます。

 まず、「この枚数でよくぞここまで」と唸るほど遠いところまで読み手を連れていってくれるのが、かの有名な「名人伝」(『中島敦』より)だ。有名だけれど意外と皆さん細部は忘れていると思うので、どうか読み返してみてください。本当に底力のある作品は何度読んでも必ず驚きや発見を与えてくれる。端的に言えば求道者の修行話なのだが、人は、真剣の度を超えると否が応でもエンターテイメント性を帯びてしまうものだと、今回つくづく思った。

「名人伝」の「動」に対して「静」の凄味を感じさせるのは、「朝めし」(『スタインベック短編集』より)だ。たった五頁。そこで展開されるのは見知らぬ者同士の質素な朝食シーンだけなのに、あたかも極上の朝食をふるまわれたような熱と力を読み手にもたらし、臓器の芯から温めてくれる。見事な仕事だ。とりわけ人間に疲れている方にお薦め。

 人生に疲れている方には、ストレスに起因する奇病「風船病」によって宇宙まで飛んでいってしまう人々を描いた「ある風船の落下」(『炎上する君』より)をお薦めしたい。突飛な設定ながらもこの作品にリアリティがあるのは、途方もなく奇妙な病をめぐって、とても真面目に騒ぐ「世間」が巧みに描かれているためだ。「ある、ある」と頷いているうちに、風船病だってあるさと思えてくる。

 突飛な設定といえば、「ロージン」(『とりつくしま』より)もかなりのもの。死んだ女が何かにとりつくことによってこの世に戻れることとなり、彼女はそのとりつくしまにロージンを選ぶ。「ロージンって何?」というあなた、ぜひご一読ください。ロージンでなければ為し得ない美しい光景と出会えます。

 家の粗壁と板の間に住まうやもりの家族を描いた「五ひきのやもり」(『浜田廣介童話集』より)も、美しいといえば美しい、壮絶といえば壮絶な物語だ。日陰者のわりに日向性のあるやもりたちの家族愛に感動というか脱帽。

 家族ものとしては、短気な父とそのバカ息子を描いた「ハンフォード行き」(『僕の名はアラム』より)もすこぶる面白い。老人と子どもが生き生きと描かれている小説は良い小説だ、と私は常々思っているのだが、この著者の作品はその確信を深めてくれる。

 掛け値なしに面白い、という点で、自信を持ってお薦めしたいのは「義父のヅラ」(『空中ブランコ』より)だ。もとより私はヅラネタに弱い。ハリセンなんか登場したときには鬼に金棒、もうひとたまりもない。似たような性癖の方は抱腹絶倒まちがいなし!

「ヅラよりも女の和服にそそられる」という方は、この機会にぜひ、「黒い裾」(『黒い裾』より)を手に取られてはいかがだろう。葬儀でのみ顔を合わせる男と女の、名付けようもない淡い交情を描いた名作だが、和服は和服でも喪服効果で色気も倍増、女が鋏で裾を裁つシーンは息を呑むような迫力がある。

「涙腺水晶結石症」(『偶然の祝福』より)にも、迫力満点の忘れられないシーンがある。病気の犬と赤ん坊を連れた女がどしゃ降りの雨の中を延々さまよい歩く情景だ。病気の犬と赤ん坊と大雨。これほどの窮状があるだろうか。ここ十年ほど、私は窮地に陥るたびにその情景を頭によみがえらせ、「なんのこれしき」と心を強くしている。これもまた物語の力だと思う。

 あ、あと四行しかない。最後の一篇「見知らぬ街」(『トーベ・ヤンソン短篇集』より)は「私のツボど真ん中」の一語に尽きます。

出会いなおし

森 絵都(著)

文藝春秋
2017年3月21日 発売

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森絵都さんが選んだ10冊

 本企画は実書店とコラボ中です。全国約四十店舗にて森絵都さん「作家の本棚」が展開されています。

オール讀物 2017年 05 月号

文藝春秋
2017年4月22日 発売

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