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鐸木 昌之
2017/05/07

北朝鮮「核実験」と「ミサイル乱射」は金正恩の弱さの証明

「偉大化作業」と“金王朝”の宿命

 ミサイル発射が続き、緊張感の増す北朝鮮情勢。金正恩体制はいかにして構築されていったのか。金正日の時代にさかのぼり考察を重ねていくと、極度なまでに過激にならざるをえなかった事情が見えてくる。その過激さに表れているのは、金正恩体制の「強さ」ではなく「弱さ」だった。
(出典:文藝春秋オピニオン 2017年の論点100

 2016年、北朝鮮は2度の核実験を行い、ミサイルを発射し続けた。経済水準が低く、経済制裁も続く中、「金正恩体制はどのくらい強固で、日本にとって危険な存在なのか」としばしば問われる。結論から先にいうならば、金正恩はじわじわと追い込まれ続けていて、核実験やミサイルの乱射、そして相次ぐ高官などの粛清は、彼の「強さ」ではなく、むしろ「弱さ」のあらわれと考えた方がよいだろう。それを解く鍵は、「先祖返り」と「市場化」という、相反する動きにある。

©共同通信社

「金日成への回帰」は金正日が計画した

 2016年5月、朝鮮労働党は36年ぶりに党大会を開催した。つまり金正日時代には1度も党大会は開かれなかったのである。この第7回党大会で、金正恩は、労働党委員長、党中央委員会委員、政治局常務委員兼政治局委員、秘書局第一秘書、軍事委員会委員長に選ばれた。これは党大会という制度的手続きによって、金正恩が党の最高指導者に選任されたことを意味する。そこでは国家経済計画が発表され、中央指令型経済が復活。さらに「万里馬」と「二百日戦闘」という大衆運動の実施が掲げられた。これは「万里を駆ける馬のような勢い」で「二百日という短い間で目標を達成する」という意味が込められている。

 ここにあらわれているのは、「金日成への回帰」にほかならない。「万里馬」と「二百日戦闘」は、金日成時代の「千里馬」「百日戦闘」を模倣したものだ。

 実は、このような金正恩の「金日成回帰」路線は、父・金正日によってすでに定められていたものだ。

左:金正日 右:金正恩 ©共同通信社

 そもそも2010年10月、金正日の死の前年、金正恩が初めて公式の席に登場したが、歩き方、刈上げられた髪、演説の様子、声の調子、太って腹の出た体躯、そして金正日の好んだジャンパー姿ではなく、人民服の着用に至るまで、金日成のそれをそっくりコピーしたものだった。それを演出したのが金正日なのだ。

 金正日は、息子の立場を固めるには、市場化の流れを食い止め、金日成時代の社会主義体制を再建する以外にないと考えた。それは金正日自ら「金正日時代」を否定することにほかならなかった。

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