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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/05/16

“絶倫食材”の意外すぎる効果とは? 新宿・歌舞伎町より

イラスト 小幡彩貴

 世界にはどこでも滋養強壮に効くという食材が存在する。私もミャンマー北部のジャングルを反政府ゲリラの兵士たちと一緒に旅していたとき、途中の村で「テナガザルの脳味噌の燻製をつけた酒」を飲んだことがある。真っ黒焦げのサルの頭が半分割られて、オレンジ色の脳味噌がのぞいている。これを米の焼酎につけたものだが、あまりのグロさに兵士たちも辟易し、飲んだのは私だけだった。煙くさくて美味くはなかったし、特に精力がついた感じもしなかった。

酒に漬ける前のテナガザルの燻製脳味噌

 今回はどうだろうか。ここ新宿の「上海小吃(シャオツー)」ではすでに普通の人の一生分くらいの「絶倫食材」を腹に詰め込んでいた。別に若い愛人がいるわけでもないのに、私と担当編集者のYさんは何かに取り憑かれたかのように、さらなる精力剤に挑んだ。

「牛のペニスと牛すじの煮込み」。調理前のものを見せてもらうと、警察官の持つ警棒のような形状だが、軽くてプラスチックのよう。白い玉袋がついているのでかろうじて一物だとわかる。これを油で八時間も煮て柔らかくするという。食べてみると、牛すじとタマネギと一緒に醤油で煮込まれているせいだろう、牛丼によく似た味だ。ペニス自体は軟骨より柔らかく、でも脂身よりはコリコリした食感。普通に美味しい。

 

 さらにさらに、勢い余って、女性向けの“効く料理”も試した。なんと「カエルの子宮」。これはデザートだった。ナタデココにも似た透明でぷるぷるした物質が甘いミルクの中に浮いている。上海風寒天のスイーツとでも説明したら納得してしまうような味わい。これがカエルの子宮なのか? 一体、何匹のカエルを使っているんだろうと考えてしまう。

「これを食べると生理が長くなる(閉経が遅くなる)」と美人店長。「私、毎日、一口ずつ食べてる。五十四歳だけどまだ効いてるよ!」

 説得力がある。とてもその年には見えないし、女性ホルモンを誘発する作用があるのかもしれない。性の力がアップするという意味ではこれも「女性用絶倫食材」と呼べる。

 さてさて。この日、私たちは一体どれくらい「絶倫食材」を食べたのだろうか。間違えて食べた生のバッタとセミの幼虫、それに揚げた巨大ムカデ、サソリ、タランチュラ、ヘビ、牛ペニス、カエルの子宮。質量ともに凄まじい。

 あとで編集のYさん(四十歳)に訊いたら「その晩は下半身が二十代のようになってました!」とのこと。え、本当に効いたのかとびっくり。私は下半身に特に異常は感じられなかった。

 でも、実はもっと異常なことが起きていた。翌朝目が覚めて台所へ行くと、大鍋一杯ものカレーを発見したのだ。「なんだ、これ?」と目を瞠った。記憶にないのだ。でも、よく考えると、昨晩、俺、何か作ってたなとぼんやり思い出した。

 そうだ、帰宅するなり急にカレーが食べたくなったのだ。その衝動にまかせてしゃかりきに野菜や肉を切ったり炒めたり煮たりした。なぜそんなことになったかわからない。これまで私は外で飲み食いしたあとで料理など一度もしたことがない。しかもあれだけ飲み食いして、空腹のわけがない。なのに、その晩は体がやみくもに動いて止まらなかったのだ。あたかも何かヤクでもやっているかのように。そして、一時間くらいかけて作り終えると、突然電池が切れたかのように眠くなり、一口も食べずに寝てしまった。

 こんなことは人生初の体験だ。ムカデかヘビか牛ペニスかが脳内か体内で蠢いていたのだろうか。でもなぜ精力増進じゃなくてカレー製作なんだろうか。首をひねるばかりの私だった。

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