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稲泉 連
2017/05/21

虐待と向き合う児童相談所の葛藤 #2

50年後のずばり東京――親、子供、社会の板ばさみ。職員たちの使命感とは?

足立児童相談所の所長・大浦俊哉が「言葉通りの相談所という時代が懐かしいです」と語るように、児相の仕事は“相談”から“介入”へと変わった(#1参照)。どこまで踏み込むべきか試行錯誤が続く中、現在の足立児童相談所では、虐待が疑われる多子家庭に対応する際、特に強く意識していることがあるという。その背景にはある痛ましい事件があった。
(出典:文藝春秋2017年5月号・全3回)

実の子供を「早く連れて行ってください」

 大浦自身が今でも忘れられないのも、「職権保護」を初めて行使したときのことだ。

 立川児童相談所長になったある日、病院から「30代女性の飛び込み出産があり、父親が誰かも分からない。仕事は夜間の水商売で、退院後の養育の能力がない」という通告があった。

 病院へ行くと初乳を与えられたばかりの赤ん坊が、新生児室ですやすやと寝息を立てていた。

「このままでは家に帰すことはできません」

 そう言って一時保護をする理由を説明すると、母親は泣き叫んで抵抗した。

 だが、もっとつらいのは初めから「育てられない」と養子縁組に同意し、「早く連れて行ってください」と事もなげに言われる場合も多いことだ。母親にもそうせざるを得ない背景があるのだが、「こんなに簡単に……」という思いを当時は抱かざるを得なかった。

3歳の次男がいない

 そんななか、現在の足立児童相談所でとりわけ意識されているのは、多子家庭で虐待が疑われるケースについて、「兄弟姉妹を1人ずつではなく、必ず全員が揃っている状態で確認する」という原則だ。その背景として重くのし掛かっているのが、2014年に発覚した通称「うさぎケージ事件」である。

 以下は2015年4月に両親が再逮捕された際の共同通信の記事。

〈男児不明で両親再逮捕へ、足立区 遺体未発見も死体遺棄容疑

 警視庁捜査1課は27日、2年前に3歳で行方不明になった東京都足立区の男児を虐待し死亡させたなどとして、監禁致死と死体遺棄の疑いで、父親のA容疑者(31、注:記事中は本名)=傷害罪などで服役中=と、妻(28)を近く再逮捕する方針を固めた。男児の遺体は見つかっていない。(中略)

 捜査関係者によると、男児は次男。両親は2013年3月ごろ、足立区の自宅で当時3歳だった次男をペット用のケージに監禁して死亡させ、遺体を遺棄した疑いが持たれている。ケージは内側から開けられないようになっていた。

 A容疑者は昨年12月、次男の死亡を隠して生活保護や児童手当を詐取したほか、次女の顔を殴り負傷させたなどとして実刑判決を受けた。

 児童相談所の職員が自宅を訪ねた際には、マネキンを使って次男が生きているように偽装していた〉

 大浦はこの事件が発覚する1年前の2013年4月に足立児童相談所の所長になった。後に分かることだが、3歳の次男が亡くなったとされる1か月後である。

「それは私たちにとって痛恨の出来事でした。なぜ、次男がいないことに気付けなかったのか。もっと早い時期に、子供全員を並べてでも確認すべきだった、と」

 足立児童相談所がA宅の5人の子供たち全員を最後に確認したのは2013年2月。Aの家族は都外から足立区に引っ越してきたケースで、虐待やネグレクトの発生を注意すべき家庭として、それまでも面接や訪問を繰り返すと同時に、福祉事務所などの関係機関が関与してきた。

 事件発覚のきっかけとなったのは2014年5月、長女の通う小学校からの「きょうだいが1人、いなくなっているのではないか」との通告だった。

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