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朝井 リョウ
2017/07/03

刊行記念特別公開!『風と共にゆとりぬ』朝井リョウ――「初めてのホームステイ」(4)

新刊のエッセイ集を特別公開します

genre : エンタメ, 読書

初めてのホームステイ(3)より続く 

『風と共にゆとりぬ』(朝井リョウ 著)
 

 大好評発売中! 朝井リョウ最新エッセイ集『風と共にゆとりぬ』より、収録エッセイの一部を特別掲載。中学生朝井は温かく迎えてくれたホームステイ先にとんでもない痕跡を残し……。椿事続出のホームステイ滞在記の最終回。

◆◆◆

初めてのホームステイ(最終回)

 着いた家はウィリアムズ家のそれと負けず劣らずの豪邸で、中にはすでにたくさんの人がいた。ジャックは『おじさんのポールだよ』『おじいちゃんのデヴィッド、おばあちゃんのセリーヌ』『いとこのブライアンとジム』というように次々と私に紹介してくれたが案の定全く覚えられず、私は『リョウです、リョウでーす』とバカの一つ覚えみたいに繰り返していた。

 やがて私がウィリアムズ家にホームステイをしているという情報がパーティの参加者中に知れ渡り、いつしか私は話題の中心に祭り上げられていた。それはありがたいことなのだが、パーティということでみんなテンションが上がっており、かなり早口になっている。私は周囲の人々の発言をどうにか聞き取ることで精いっぱいの状態だった。

 そんなとき、ポールだかデヴィッドだかが大きな書物を持って私のほうに近づいてきた。ポールだかデヴィッドだかはその書物をぱらぱらめくりながら、私に訊いた。

『リョウはどこから来たの!?』

 それはさすがに聞き取ることができた。えーっと、日本から来てるってことは知ってるはずだからどうやって答えようかなと返事を思案する私の目の前に、ポールだかデヴィッドだかがバンと手にしていた書物を広げる。

 それが世界地図だということが分かったのと、私が『タルイタウン』という誤答を引き当ててしまったのは、ほぼ同時だった。

『タルイタウン?』

『この地図で言うとどこ?』

 私がタルイタウンから来たという情報は瞬く間に広がっていく。やばい。私は小指の爪で世界地図の一角を指しながら、『ここ、ここ』と必死に人口三万人以下のタルイタウンを世界都市カルガリーの人たちに向けて示した。

『トウキョウに近いんだね』

『すごいね!』

 タルイタウンに関する間違った情報がどんどん広がっていく。『ノーノー、ここ、ここ』私はどうにかして世界地図をベースにタルイタウンの正確な位置を伝えようとしたが、その試みは失敗に終わった。諦めた私は、東京都民には無許可で、トウキョウの近くにあるタルイタウンから来た、ということで手を打った。

『あ、リョウ!』げんなりしている私に、ジャックが目を輝かせる。『そういえば、この家にはピアノがあるんだよ!』

 私は中学生になるまでピアノを習っており、その情報は会話の種としてウィリアムズ家に提供していた。ウィリアムズ家にはピアノがなく、みんな『リョウのピアノ聞きたかったよ』と残念がってくれていたのだ。

『なに、リョウはピアノが弾けるの!?』

『いいね、何か弾いてもらおう!』