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自民党「麻生派」拡大で渦巻く、それぞれの思惑と打算

六本木のバーで怪気炎 ©共同通信社

 山東派が麻生派との合流を決め、一気に動き出した自民党の派閥再編。特に、谷垣グループは分裂状態に陥った。佐藤勉元総務相(64)、棚橋泰文元内閣府特命相(54)らが谷垣グループを離脱し、「天元会」を結成したのだ。麻生派、山東派、天元会が対等合併し、新麻生派につなげる狙いだ。

 キングメーカーを狙う麻生太郎氏にとっては「大宏池会」への一歩だが、参加者には打算が渦巻いている。

 佐藤氏は、もとはといえば故加藤紘一元幹事長の直系だった。小選挙区が導入された1996年衆院選に初出馬し、新進党の小沢一郎党首(当時)の側近だった山岡賢次氏と栃木4区で相まみえた。

「加藤さんは宿敵・小沢氏の側近を蹴落とそうと、佐藤氏に猛烈なてこ入れをした。加藤事務所からも人が送り込まれ、当選を果たした」(自民党のベテラン秘書)

 以来当選7回、国対委員長在任期間は党の歴代3位になるほど汗をかきながら、閣僚経験は1回きり。

「昨年の改造でも本人は意欲を見せていましたが見送られ、谷垣禎一氏が推していた山本公一氏が初入閣を果たした。佐藤氏は、当選同期の菅義偉官房長官と気脈を通じていたが、それも役に立たなかった。佐藤氏が大臣になったのは麻生政権。谷垣さんに見切りをつけたのでしょう」(同前)

 もうひとりの中心人物、棚橋氏はかつて小渕派に属し、小渕恵三元首相が目をかけたスター候補だった。当選3回で初入閣し、総裁選出馬に意欲を見せるなど順調に出世したが、評判は急降下。

「東大法卒で弁護士資格も持ち、頭はいいが、人望がゼロ。派閥を飛び出して、谷垣グループに加わり、谷垣幹事長の下で幹事長代理を務めるなど重用されていましたが、グループの重鎮から不満の声があがっていました。昨年、谷垣さんが入院すると、今度は麻生派との合流に走った」(谷垣グループ関係者)

 棚橋氏も、閣僚経験は最初の1回だけで、もう10年以上も大臣になっていない。

「麻生さんに『経産大臣にして下さい』と懇願したそうです。父は元事務次官で、本人も6年在籍した。思い入れがあるのでしょう」(同前)

 一方の山東派は、領袖の山東昭子元参院副議長が「どうしても参院議長になりたい人」とささやかれる。

 大派閥になったはいいが、麻生氏はさっそく約束手形の決済に忙しくなりそうだ。