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松尾 諭
2017/05/28

「拾われた男」松尾諭 #3 「北青山のアパートで同居人のピロートークに悶絶した日」

まつお・さとる/俳優。1975年生まれ。写真は「ひよっこ」の奥茨城のバス運転手・益子次郎役 ©NHK

 上京する半年前、家探しも兼ねて初めて東京の地を踏んだのが1999年の夏、大阪でよく遊んだ自称ファッションモデルの杉田を訪ねると、彼は尼崎出身のパンチのある女と北青山のボロいのに家賃12万もするアパートで同棲していた。役者を志し、半年後に上京する旨を伝えると、二人は僕を応援してくれ、三人で一緒に暮らそうと言ってくれた。どこかで聴いた誰かの歌のような展開だと思いきや、数ヶ月後に杉田から連絡があり、彼女と別れて、それまで折半していた家賃の支払いが大変だから少しでも早く上京してくれとの事。予定より早く上京し、予定よりひと月分多く、予定より2万円高い家賃を払うことになり、雀の涙のような貯金は瞬く間に底をついたが、北青山と言うおしゃれな土地に家賃6万というのはとても好条件だった。

 かくして金欠な男二人の共同生活が幕を開ける。杉田はオシャレで楽しい男だった。共通の趣味も多く、彼との生活はちっとも苦にならないはずだったが、ふた月もするとお互いの嫌な部分が見えてくる。杉田は小言を言うようになり、言い返そうにも家を追い出される訳にはいかないのでグッとこらえる。そんな先行きが不安な二人暮らしは、春の訪れとともに終わりを迎える。

 杉田の高校時代の友人塚本は映画監督を志し、四国からやってきた。映画好きの心優しい塚本の同居は渡りに船だった。家事も、杉田の小言も分散され、そして何より家賃が4万円になる。塚本が加わった三人暮らしは、小言を言う人、言われる人、茶々を入れる人、はたまた文句を言う人、愚痴を言う人、愚痴を聞いてやる人、と柔軟に関係を変化させ、それはまさに完璧な共同生活だった。あのグループも三人の方がいい曲多かったよねと実感できる様なその関係に亀裂が入りだしたのは、梅雨が明ける頃だっただろうか。

杉田に女ができた、塚本が恋をした

 杉田にA子という女ができた。まるで人形のようなとても可愛らしい女子短大生で、前の女とは真逆の可憐な娘だった。杉田は実家暮らしの彼女をよく家に泊めた。そんな日は、僕と塚本は暗黙の了解で数時間外出を強いられ、コトが終わったのを見計らって部屋に戻る。杉田は自他ともに認める性豪で彼女が我が家で朝を迎える頻度は高かった。それなら彼女も家賃払ってくれないかな、と思うほどに。

 そんな最中、塚本が恋をした。女性に対して奥手な彼の、とても清々しい恋を皆応援した。杉田もA子も応援した、よく遊びに来る杉田の親友、赤江も応援した。赤江という男は陽気かつ知的、そして杉田も認める性豪で、とにかく女にモテる。そして赤江は応援した舌の根が乾かぬうちに、塚本の好きな女を寝取った。失意の塚本は、誰にも怒りをぶつけることなく、散りゆく落ち葉のように静かに部屋を去った。

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