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羽田 圭介
2017/05/28

連続殺人鬼“サックマン”がつなぐ過去と現在。台湾のリアルを体感する青春ミステリー

羽田圭介が『僕が殺した人と僕を殺した人』を読む

『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良 著)

 二〇一五年、アメリカで少年ばかりを七人手にかけてきた殺人鬼、「袋男(サックマン)」なる男が、捕まる。台湾の伝統的な人形劇、布袋劇(ポウテヒ)をやっていたとのこと。国際弁護士である「わたし」は、約三十年前の一九八四年、サックマンを知っていた。「わたしたち」は十三歳だった。

 物語の前半、一九八四年の台湾では、主に三人の少年が登場する。とある事情により居候の身にならざるをえなくなったユンと、ユンの居候先の長男であり幼馴染みのアガン。そして、不良で喧嘩の強いジェイ。三人の少年はそれぞれに家庭に問題を抱えているものの、不満を活発的なエネルギーに変え、日々をのりきってゆく。当時の台湾で、アメリカの文化であるブレイクダンスの練習に明け暮れる少年たちの描写というリアリティーは、本作を読んで初めて体感できた。

 ジェイの祖父は布袋劇の名手であるが、ある日の大事な出番の前に、倒れてしまう。ユンは、ジェイや彼の祖父を助けるため、「冷星風雲」なる即興の布袋劇を行い、なんとかその場を切り抜ける。ジェイは感謝し、友情を深めてゆく。そんな少年たち三人はある時点で、とある問題を解決するために、後ろ暗い計画をたてる。

 三十年の時を経て、あの時の少年が凶悪な殺人鬼になり、「わたし」は国際弁護士、もう一人は成功した商売人になっている。たとえば、すっかり中年になっているその中の一人が、左目の加齢黄斑変性の手術を日本で受けているが、そういった描写が、少年を中年に変えてしまった時の経過という単なるノスタルジーでは済まされていない。「わたし」は、その病気がとある人物から昔「煉瓦で殴られた」せいではないかと指摘する。時の経過ですべてを曖昧にしてしまうのではなく、今起こっていることの原因は過去にある、という冷静で緻密な観察眼をもった登場人物や作者の書き方により、この物語は綴られている。サックマンも、脳の損傷による凶暴化を指摘される。「わたし」は、「脳の損傷」が起こってしまった出来事を知っている。それに自身もかかわっている。つまり、三十年前のあの出来事のせいで、現代のアメリカで七人もの少年たちが命を絶たれてしまったのではないか。

 事象を把握する人間の観察眼のあり方は個々人で異なり、それこそが本質的なミステリーだ。東山作品は、直木賞受賞作『流』の頃より、また大きく飛躍している。小手先の洗練ではなく、飛躍、なのだ。文学作品好き、楽しい小説好きの全員にすすめることができる作品だ。

ひがしやまあきら/1968年台湾生まれ。台湾と日本を行き来しながら、9歳の時に日本に移り住む。西南学院大学大学院修了。中国の吉林大学大学院博士課程中退。2009年『路傍』で大藪春彦賞、15年『流』で直木賞、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞を受賞。

はだけいすけ/1985年東京都生まれ。2003年「黒冷水」で文藝賞、15年「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞受賞。著書多数。

僕が殺した人と僕を殺した人

東山 彰良(著)

文藝春秋
2017年5月11日 発売

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