昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載歴史・時代小説の歩き方

大矢 博子
2015/04/04

着いてるね、乗ってるね
――飛脚と夜汽車と新幹線

genre : エンタメ, 読書

  東京から金沢まで、10時間かかったのだそうだ。何の話かって、松本清張『ゼロの焦点』(文藝春秋『松本清張全集3』/新潮文庫)である。新婚の夫が出向先の金沢に出かけたまま消息を断った。新妻・禎子は夫を捜しに都合3度、東京から金沢へ行く。交通手段は夜行急行「北陸」だ。

松本清張全集 (3) ゼロの焦点・Dの複合

松本 清張 (著)

文藝春秋
1971年5月20日発売

購入する

ゼロの焦点 (新潮文庫)

松本 清張(著)

新潮社
1971年2月23日 発売

購入する

『ゼロの焦点』の舞台は昭和33年12月。上野発の「北陸」は高崎線、上越線、信越本線、北陸本線を経て金沢へ至る。「沼田、水上、大沢、六日町と駅名が寂しい灯の中で過ぎた」「直江津を発車したのは朝の暗いうちだった。青いブラインドを上げて覗くと、窓に疎らな遠い灯が凍りついていた。曇ったガラスの中を、その灯は、ゆっくりと動いていた」とある。

 いやあ、夜行じゃなきゃ出ないね、この風情。しかも能登半島のローカル線ではタブレットを持つ助役なんて出てくるのよ。タブレットっつってもiPadじゃないぞ(近くの鉄ちゃんに訊いてみてね)。寝台車も連結されていたらしいが、描写から考えるに禎子が乗っていたのは座席車。それで10時間は辛かったろう。それがまあ今や北陸新幹線で2時間半ですってよ2時間半。通過駅の駅名なんざボクサー並みの動体視力がないと見えないわ。

 10時間が2時間半てだけでもすごいんだけど、さらに昔は、10時間どころか2週間かけていた。江戸時代、加賀藩の主な参勤交代ルートは北陸道を越後まで行き、そこから北国下街道に入って信濃を経て上野(こうずけ)を通って武蔵、江戸に至るというもの。つまり21世紀の北陸新幹線とほぼ同じルートなんだねこれが。

 加賀藩の参勤交代は雪が解けた4月。それでも2週間かかったわけだが、その江戸―金沢ルートを、夏なら5日、雪深い冬でも1週間で走り抜く男たちがいた。三度飛脚と呼ばれる者たちだ。

【次ページ】飛脚を襲った北陸道最大の難所

はてなブックマークに追加