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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/05/30

「内側からバーン!」スーパーな疲労回復力を持つ“砂漠のスイーツ”とは?

イラスト 小幡彩貴

 酒飲みであるせいか甘い物が不得手だ。だから旅先や取材先でスイーツの類いを勧められるのがいちばん困る。特に中東・アフリカのイスラム圏。酒が少ないかわりに、お菓子の類いは無駄に充実しているうえ、どれも甘すぎる。

 その代表格がデーツ(ナツメヤシの実)。たいていは乾燥させたもので、干し柿を一回り小さくしたような味と質感だが、デーツの方がもっと甘みが強く、ねっとりしている気がする。しかもただでさえ甘すぎるデーツを砂糖漬け(もしくはシロップ漬け)にしたスイーツも人気で、正直「頭がおかしいんじゃないか」とすら思っていた。

 ところがこれまでの人生で二回だけこのデーツを「美味い」と感じたことがある。

 一度はラマダン中にソマリアを旅していたとき。イスラムの戒律ではこの期間(約一ヵ月間)、日の出から日の入りまで食べ物も水も一切口にしてはいけない。私も、一緒に行動しているソマリ人の通訳や護衛の兵士たちの手前、自分だけ飲み食いするのは気が引けるので、同じように断食をしていた。

 毎日、夕方になると、近くのモスクからアザーン(お祈りを促す声)が聞こえてきて、やっと食事にありつける。私はこれまでイエメンとスーダンの田舎でラマダンを経験したことがあって、その二ヵ所では、アザーンが聞こえると同時に炊き込みご飯やらローストチキンやらを一気食いしていたが、ソマリ人はもっと上品。

「急にたくさん食べるのは胃腸によくない」というもっともな理由で、まず軽食をとる。メニューは、三角形の総菜サモサ、スイカ、固く焼いた小さなパン、そしてデーツと決まっている。飲み物はレモンジュースかお茶か水。

 丸一日、食を断ったあとのデーツはねっとりした甘みがすーっと体に染みこんでいくようで、本当においしい。酒を飲んだときのように、体のこわばりがとれ、五臓六腑にしみわたったものだ。

ソマリア人のラマダン直後は上品。ラマダン直後のデーツ入り軽食セット

 もう一度は数年前、アルジェリアのサハラ砂漠を42.195キロ走る「サハラマラソン」に出場したとき。当時私は最も長く走ったときでも十五キロという超初心者ランナーで、マラソンに関する知識もゼロ。他の選手たちが栄養補給のゼリーやドリンクを用意し、腰や背につけたりするのを見て、「こういうものが必要なのか!」と今さらながら青くなった。

 でも、ないものはない。そのままスタートしてしまった。砂漠の中には、だいたい二キロに一つは給水所が設置され、水のボトルとデーツの砂糖漬けの山が用意されていた。もともとデーツの砂糖漬けなんて大嫌いだし、水だけ補給して立ち去っていたが、十キロぐらいになるとガクンと疲れてきた。日頃の練習がせいぜい七キロ程度だから無理もない。このとき給水所で水を飲むついでにほぼ無意識的にデーツの砂糖漬けをかじったのだが、これがめちゃくちゃ美味い! 同時に、何か内側からバーン! と叩かれたような刺激に心身が目覚め、元気が出た。以後、デーツをバリバリ食べ、そのおかげで完走できたといってもいい。

 ちなみに、一度、併走していたオランダ人ランナーからスポーツゼリーを分けてもらって食べたが、そんな刺激は何もなかった。

 思うに、栄養学的にはゼリーの方が優秀なのかもしれないが、デーツにはそれを上回るスーパーな疲労回復力があるのではないか。きっと、大昔から、砂漠の旅人はオアシスの村に到着すると、デーツを食べ、再び歩き出す力を得たのだろう。

 デーツは過酷な砂漠の必需品なのである。