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東出 昌大
2017/06/11

東出昌大が語る司馬遼太郎の魅力――人生を変えた司馬文学

source : 文藝春秋 2016年2月号

genre : エンタメ, 読書

「父のことを知るために」―司馬遼太郎作品との出会い

 司馬遼太郎さんの作品を手に取ると、いつでも父との思い出が蘇ってきます。実家にある父の本棚には、司馬さんの作品が並んでいました。父は同じ本を何度も読み返すタイプで、本棚の歴史小説をひっぱり出しては読んでいる姿が、印象に残っています。

 今から考えると恥ずかしいのですが、子供の頃の私は学校の授業で、歴史科目が大嫌いでした。ある時、歴史好きの父に「日本史や世界史なんか勉強してなんになるの」と、言ったことがあります。すると父に「それはお前がわかってないだけだよ。多くの先人たちから学ぶべきことはたくさんあるんだぞ」と諭すように返されたのです。

東出昌大さん 司馬遼太郎作品を存分に語る ©志水隆/文藝春秋

 そんな私が、司馬遼太郎さんの作品に出会ったのは、十九歳の時です。その年、父ががんで余命半年と宣告されました。その時になって初めて「父のことを何も知らない」と愕然としました。どうすれば、父のことがもっとわかるようになるのだろう、とずいぶん悩みました。

 私は、父の本棚にずらっと並べられた本の背表紙を思い出しました。『酔って候』『馬上少年過ぐ』といった読み方すらわからないこの本たちこそが、父を形作ってきたものではないだろうか……。この司馬遼太郎という人の本を読めば、父のことを少しでも理解できるに違いない。そう考えたのです。

「歴史小説を読んでみようと思うけれど、読みやすいのはどれかな」と病床の父に尋ねました。すると「初めて読むなら、これがちょうどいいよ」と言いながら『峠』を勧めてくれました。

新装版 酔って候 (文春文庫)

司馬 遼太郎(著)

文藝春秋
2003年10月11日 発売

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馬上少年過ぐ (新潮文庫)

司馬 遼太郎(著)

新潮社
1978年11月29日 発売

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“司馬ファン”になるきっかけ―『峠』に酔いしれた

峠 (上巻) (新潮文庫)

司馬 遼太郎(著)

新潮社
2003年10月1日 発売

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『峠』は幕末の長岡藩で家老を務めた河井継之助が主人公の小説です。世の中が明治新政府中心に変っていく中で、それを良しとせず、最後は旧幕府側として戦い亡くなるまでを描いています。

 負けるとわかりながらも、自分の信念を貫いた河井のような生き方をした人が、今から百数十年前に実際にいたことにまず衝撃を受けました。

『峠』に出てくる河井の性格を表すエピソードも印象的で心に残りました。まだ書生だった頃の河井が、江戸の町を歩いていると吉原の方向で、鐘を鳴らす音が聞こえてきた。河井は瞬時にその方向へ走り出し、馴染みの女性の元へと駆けつけます。司馬さんは、このエピソードを単に女性を心配した姿だけを描くのではなく、河井の行動力の源が陽明学にあることの証明として書いています。

「考えるより先に行動に出る」という河井の性格は、藩政に関わるようになってからも変わりません。お家の危機になると、早駕籠に飛び乗り、徒歩だと六日かかる行程をたった二日で移動してしまいます。

 当時の早駕籠は、わたしが想像していたような楽な乗り物ではありませんでした。

 駕籠の中のひもにぶら下がり中腰になり、全身を揺すられ続け、吐き気を押さえながら、乗り続けなければいけない。常人だと到底堪えられない。ところが河井は、江戸に着いたら休む間もなく、政務にとりかかるという超人的な行動力をみせます。長岡藩牧野家の家訓は「常在戦場」で、常に戦に臨むような緊張感を持って生きていたそうです。河井もまた、精神的にも肉体的にも限界まで努力を尽くします。

 河井の人物像に酔いしれた私でしたが、何より「この司馬遼太郎という作家の小説は面白い」と、考えるようになりました。その後は、父に「読みやすい司馬さんの作品を教えて欲しい」と頼み、次々に読むべき作品へ手を伸ばしました。新選組の土方歳三を描いた『燃えよ剣』や坂本竜馬が主人公の『竜馬がゆく』といった作品を読み終えた頃には、すっかり司馬さんのファンになっていました。

 司馬さんに教えられたのは、歴史を多角的に見る必要性です。たとえば、『峠』は旧幕府側からの視点で読めますが、『竜馬がゆく』は倒幕派の視点がわかる。相対する立場の人が、それぞれどのような想いで生きようとしたのかをさまざまな角度から知ることができる。

 幕末は髷を結って刀をぶら下げていた武士たちが、外国の脅威を目の当たりにして、大きな危機意識をもった時代です。単純にどちらがいいとか悪いとかではない、そういった見方があることを教えてくれたのが司馬さんの幕末小説でした。

新装版 竜馬がゆく (1) (文春文庫)

司馬 遼太郎(著)

文藝春秋
1998年9月10日 発売

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