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友野 典男
2017/06/20

行動経済学が教える 損しない感情コントロール術

明日からできる脳力10大活用術

人間の脳では感情と理性の2つのシステムがはたらいている。その関係と役割を知って賢く生きよう

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「限定品」とか「タイムセール」というおいしい言葉に乗せられ、つい衝動買いをしてしまって後悔したり、逆にたくさんの選択肢についてじっくり考えすぎて、結局何も決めることができなかった経験はないだろうか。

 ものごとを判断し、何かを決定するときには、直感や感情に訴えられてすることもあれば、よく考えてすることもある。このように、人の判断や決定は脳内の2つのシステムで担われている。心理学者や脳科学者は、それらを、それぞれシステム1とシステム2と名づけた。古来言われている感情と理性の協働や対立という図式であるが、最近の心理学や脳科学は、二重過程理論の枠組みの中で深く考察している。

 システム1は感情や直感のことである。それは無意識のうちに自動的に発動し、素早く、労力をかけずに、判断を下し、同時並行で複数の作業をこなすことができる。知覚と記憶という自動的な活動も含まれる。かたやシステム2は、思考・理性・論理を担う。システム2の起動は意識的に行なう必要があり、時間がかかり、労力やエネルギーを要する。また、一時に1つの作業しかできない。システム1は常に働いていて、スイッチを切ることはできないが、システム2は、怠け者であり、なかなか起動しないし、起動しても長続きしないという特徴がある。

 システム1は素早く判断して、直ちに行動の指針を与えることができるという大きな長所を持っている。システム2が時間をかけて結論を出していたのでは間に合わないような切迫した状況において、システム1はきわめて有能である。たとえば、ヘビのようなモノを見たら怖いと思い、すぐ逃げるという決断をさせるのは、システム1の働きである。このとき、本当にヘビだろうか、毒はあるのかないのかなどとシステム2が判断するまで逃げずにいたら、噛まれて致命傷を負うかも知れない。それがたとえヘビでなく単に縄だったとしても、とりあえず逃げるのが得策であり、その行動を引きおこすのはシステム1なのである。

 日常の買い物や世間話なら、いちいちシステム2による熟慮を経なくても、システム1の直感的な素早い判断で十分に用が足りる。しかし、重要な決定においては、よく考えて決定する、すなわちシステム2を働かせることが必要である。システム1に信頼を置き、特定の分野での経験や学習で培われた直感を信じる人も多いだろう。もちろん、長年専門的な経験を積んできた分野に関してなら、システム1の判断に頼っても問題が生じないことも多い。

 しかし、システム1はすぐに決められるという長所を持つ反面、間違いを犯しやすいし、バイアスがかかりやすいという弱点がある。システム2には、システム1の判断・決定を評価し、それを受け入れてゴーサインを出したり、逆にシステム1の判断や決定を覆すという重要な役割がある。また、目先の欲望に負けない自己規制(セルフコントロール)もシステム2の仕事である。

理性は感情を支配できない

 このようなシステム1とシステム2の関係は、行動経済学者がよくするように、「象」と「象使い」になぞらえるとわかりやすいだろう。システム1は「象」であり、システム2は「象使い」である。象は象の都合や事情で行動することがよくある。象使いは象を自分の都合にあわせてコントロールしようとするが、なかなかうまくいかない。象は大きく力が強いため、いったん暴走すると歯止めが利かないこともある。象使いが疲れていたり集中できなかったりする時や、どうしたらよいかわからない時にも、象のコントロールに失敗する。理性的なシステム2が感情的なシステム1を支配できるとは限らないのである。

象が「システム1」、象使いが「システム2」 ©iStock.com

 また、時間的制約(タイムプレッシャー)が強いと、システム1の判断をシステム2が修正できないために間違いが起こることもある。次の問題に3秒で答えてみてほしい。「ノートと鉛筆を買った。合計110円で、ノートは鉛筆より100円高かった。それぞれいくらか?」。「ノート100円、鉛筆10円」と思った人が多いのではないだろうか。少し考えればこの答えは間違いだと気づくが、3秒で答えなさいと言われると、直感的にノート100円、鉛筆10円という答えが頭に浮かぶ。ところがそれが正しいかどうかをシステム2で検討する時間がないのが、誤答の原因である。この他にも、知識の不足や考えることが苦手といった理由で、システム2がシステム1の誤った判断を修正できないことがある。