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「“ベーシックインカム”は人を幸せにするか?」ブレグマン×パックン対談

“新世代の論客”と”知性派芸人”が語り合う

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 ルトガー・ブレグマンをご存知だろうか。“ピケティにつぐ欧州の新たな知性”と呼ばれる29歳のオランダ人、歴史家でありジャーナリスト。著書『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働(英題:Utopia for Realists)』では人類が直面する最大の問題として「人間がAIとロボットとの競争に負けつつあること」を挙げ、「ベーシックインカム」「週15時間労働」「国境の開放」といった斬新な解決策を提案。その主張が世界で大きな共感を呼び、23カ国以上での出版が決定。その新しい知性は世界中から注目されている。今回、初めて来日した新進気鋭の論客に挑むのは、芸人として知られる一方でハーバード大卒業(比較宗教学専攻)という教養の深さで仕事の幅を広げているパックン。そんなふたりが、新しい時代の諸問題にどう向き合っていくべきか語り合う3回シリーズの異色対談。1回目は「国民全員に一定の現金を定期的に配れば貧困が解決する」という「ベーシックインカム」について、その有効性を議論する。

ベーシックインカムとは何か――福祉をやめて全員に現金を配る

パックン 『隷属なき道』、熟読しました。分かりやすく、面白くてあっという間に最後まで読んでしまいました。その中であなたは、私たちが直面している最大の問題は、人間がAIとロボットとの競争に負けつつあること、その結果として貧富の格差は有史上、もっとも広がることだと指摘していますね。またそれに対する処方箋は人々に「ただでお金を配ること」、ユニバーサル・ベーシックインカムだ、と。

ブレグマン ユニバーサル・ベーシックインカムは生活保護や母子家庭手当、就学援助、など幾多ある福祉プログラムをすべてやめて、政府がすべての国民に最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給する、というアイデアです。トマス・モアが1516年刊行の『ユートピア』で似たような考えを提唱するなど、何百年も前から多くの思想家らに支持されてきています。フリーマネーはすべての人に好意としてではなく、生きている限り、権利として与えられるもので、その使い方は自由です。

オランダの新星、注目の論客、ルトガー・ブレグマン氏

パックン なぜ貧乏な人だけにではなく、全員にお金を配るのですか。

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ブレグマン ベーシックインカムは社会が積み上げてきた資産を、人々に現金という形で再分配するということです。ここでいう「資産」には言語や技術も含まれます。言語を例にとれば、日本に生まれて、AさんよりもBさんの方が日本語を使う「権利」がある、という話にはならないでしょう。これと同じ理由で、ベーシックインカムは貧富関係なく全員を対象としています。

 さらに貧困の削減に成功している国が実践するプログラムは、貧困層のみに特化するのではなく、幅広い層を対象としていることが研究で示されています。貧困は個人の生活態度や性格の問題だと捉えられがちですが、そうではありません。貧困の問題はずばり、「お金が無いこと」、「現金の欠如」なのです。

ベーシックインカムは“コスト”ではなく“投資”である

ブレグマン ベーシックインカムを先に導入した国は先行者利益を享受することができます。

パックン(パトリック・ハーラン) ブレグマン氏に鋭く切り込む教養人

パックン それは何故ですか。

ブレグマン ベーシックインカムは社会にとってコストではなく、投資だからです。よく導入にかかる費用が過大に算出されますが、アメリカでベーシックインカムによる貧困撲滅にかかる費用は、1750億ドルとGDPのわずか1%以下です。これは軍事費の25%で、アメリカが世界中で紛争などに数兆ドルかけていることを考えるとはるかに安い。貧困を根絶することに対するリターン(見返り)が大きいことは幾度となく示されてきています。ベーシックインカムによって人々はより健康になり、犯罪率は下がり、家庭内暴力も減少、子供たちの学業成績は上がる。政府が莫大な予算で解決しようとしている問題は全て解決できるわけです。そして繰り返しになりますが、貧困とは、「現金の欠如」であるわけです。

パックン 貧困に苦しむ人々が必要としているのはカウンセリングでも、アドバイスでも、ローンでもなく、現金なのだ、ということですね。

ルトガー・ブレグマン著『隷属なき道』