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米澤 穂信
2017/06/07

日本という異界を知るーー米澤穂信が選ぶ10冊

オール讀物セレクション 作家の本棚

 土地に染みついたまじないを見出すことは、こんにち容易ではない。複製したような街並みからは、積み重なった人々の息吹が聞こえてこない。それでも稀には、曲がり角や坂道や、古い三角点や剥落した石碑に、物語の予感を感じることがないでもない。優れた小説家は卓越した目でそれらの予感を見出し、それぞれの手の内のなにかを加えて、見慣れた土地をあらぬ姿へと変容させることがある。そうした、ここであってここでない場所の話が、私は好きだ。

よねざわほのぶ 岐阜県生まれ。2014年『満願』で山本周五郎賞を受賞。近著に『いまさら翼といわれても』。©杉山拓也/文藝春秋

『神州纐纈(こうけつ)城』は日本にあやしの術をかける。広大な富士の裾野のどこかに建つ纐纈城では月に一度、捕らえた人々の血を絞り、目にも鮮やかな赤い染め物が生み出される。因縁は巡り、やがて緑深い富士の樹海から、災厄が甲府へとやって来る。妖美の世界に総身でのめり込む、怒濤の読書を体験した。

『赤朽葉(あかくちば)家の伝説』では、戦後、高度経済成長期から現代に至るまでの時間に神話の薄絹がかけられる。製鉄所の煙突が聳(そび)え立ち、黒々とした煙が時に誇らしく時に不吉に立ち上る山陰のちいさな村で、いのちといとなみと、不思議の物語が縷々綴られる中で、薄絹は少しずつ消え去っていく。『赤朽葉家の伝説』とは一つの伝説であり、いま小説を読むなら避けることのできない一冊だ。

『紫苑物語』は茫漠たる関東平野に降り立ったひとりの男を書く。自らの歌に加えられた一文字の朱筆が許せず、歌を捨てひたすら弓の道を究めた彼は国司となり、けものを射る、民を射る、血族を射る、なにもかもを射て、ついにはなにを射ようとするのか。併録された「八幡縁起」も構えの大きな小説で引きつけられるが、「修羅」の最後、この国のすべてを収めた文庫(ふみくら)を焼く場面には、とてつもなく強いものを見てしまったという畏れを覚えた。

 そもそも都で終わる言葉が好きで、古都、聖都、王都、学都、商都、軍都、水都、仏都、死都、どれにもそそられる。極めつけはなんと言っても『魔都』であり、出会って以来忘れられない愛する一冊である。日比谷公園の青銅の鶴が鳴き、銀座の酒場で年を越そうという青年紳士は実は安南(あんなん)の皇帝であり、一個の宝石が失われたまま戻らねば国難は必至だという。帝都の一晩の物語は複雑怪奇、十蘭(じゅうらん)の語り口は縦横無尽、この小説はまことに贅沢で酔いを招き、魔都の名にふさわしく、不穏である。

『東亰(とうけい)異聞』は、夜を主題とする。近代化に伴い、夜を克服したはずの都市で、火に包まれた者や人魂を売る者が暗躍し、人が殺されていく。しかし近代的自我の発露たる推理の力は、夜の闇さえものともせず、真実を明らかにするのだ――本当に? 私は推理小説が好きで、風変わりなものもそれなりに読んできたつもりだが、本書の解決は破格だ。それは一つの呪術だった。

 ミステリならば『ニッポン硬貨の謎』も是非挙げたい。不思議の国ニッポンを訪れたのは、なんと、かのエラリー・クイーン。豊富な注釈に彩られながら日本を旅するクイーンは、奇妙な両替をする男の話を聞き、それは異界のロジックへと繋がっていく。小説でありながら本格ミステリ大賞を評論・研究部門で受賞した、異色の作品だ。

『絹』もまた、旅人が奇妙な日本を訪れる小説だ。彼はフランスの商人であり、蚕を求めて海を渡り、日本の有力者ハラ・ケイ(!)から虫の卵を買う。この小説はある程度まで愛の小説で、男は構成上遠くへ行く必要はあるが、そこが日本である必然性はない。日本は作家によって、おそらく、なんとなく選ばれた。それゆえのふんわりとした日本描写が生(き)のままのエキゾチズムを感じさせ、こたえられない。

 短篇集『百万のマルコ』では、マルコ・ポーロが日本を、いや黄金の国ジパングを訪れる。奇妙な法律が支配するジパングで、いかにしてマルコは危機を脱し、見事黄金を手にしたのか? ジパングを舞台とするのは最初の二篇だけだが、特殊なルールが支配するいっぷう変わったミステリとして、忘れがたい。

『安徳天皇漂海記』にも、マルコ・ポーロが登場する。壇ノ浦に沈んだ安徳帝はふしぎの力で生きており、しかし昏々と眠り続けたまま、人々の夢に現われる。小説は最後の源家将軍・源実朝(さねとも)の歌を交えて進み、安徳帝と実朝の夢の交流はやがて日本史上の一大事件へと繋がっていく。そしてその物語を、マルコがハーンに語るのだ。二部構成の第一部は時間に、第二部は空間に広がりを持つ構えの大きさがあり、そのすべてを幼帝のかなしみが貫く、絢爛たる鎮魂の小説だ。

 その『安徳天皇漂海記』のオマージュ元と思しいのが、仏の教えを求めて日本から旅立った親王の物語、『高丘(たかおか)親王航海記』だ。この小説では日本はふつうだったと思われるのに、親王の旅が進むにつれアナクロニズムと奇想の嵐が襲い、親王はだんだんおかしく、だんだんヘンな世界へと旅を進めていく。伝奇とも奇譚ともつかない、幻想小説と呼ぶのも少しためらわれる、これは奇書である。

 以上十冊、好きなものを好きに挙げた。絶版で挙げられないものが多々あったのが残念だ。
 

米澤穂信さんが選んだ10冊

 本企画は実書店とコラボ中です。全国約四十店舗にて米澤穂信さん「作家の本棚」が展開されています。

オール讀物 2017年 06 月号

文藝春秋
2017年5月22日 発売

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