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ろう者は特別で、平凡で、隣のおじさん、おばさんみたい――コーダの世界(2)

イギル・ボラ(映画監督)×丸山正樹(小説家)

note

ドキュメンタリーは世界への窓

丸山正樹さん。

ボラ 幼い頃からドキュメンタリーを見るのが好きでした。両親が共稼ぎだったので、帰りを待ちながらずっと見ていました。

丸山 変わったお子さんですね。普通はアニメとかですよね。

ボラ ええ、弟はアニメを見たがったんですけどね(笑)。深い海の底を映し出すようなドキュメンタリーなどを見て、私が知らない向こう側には、こんなすごい世界があるんだと、とても興奮しました。私にとってドキュメンタリーは世界への窓だったように思います。

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 私は、子供の頃から父や母の世界について、いつも音声言語で説明しようと努力してきたけど、うまく伝えきれませんでした。そんな両親の世界を、いつか映像で語りたいと思っていて、今回の映画でそれが実現しました。

丸山 初めての長篇映画ということですが、観客の反応はいかがでしたか?

ボラ とても特別なんだけど、でもとても平凡で、まるで隣のおじさん、おばさんの話みたいだ、というコメントが多かったです。それがとても嬉しかった。なぜかというと、韓国社会でろう者と呼ばれる聞こえない人たちと、一般の人と呼ばれる聞こえる人たちの距離を縮めたいと思っていたからです。

丸山 その思いが達せられたということですね。日本ではまさに今公開されているところですが、日本の観客の反応はどうですか? 韓国とは違うものがありましたか?

ボラ キムチを漬けるシーンでみなさんびっくりするんですね(笑)。それが面白かったです。そして丸山さんが言ってくれたように、やはりカラオケの場面がみなさん印象深かったとおっしゃってくださいます。言語を飛び越えて、同じ人間として響きあう何かがあるんだなと思いました。言語を越えたその先にあるもの。それこそが、映画が生み出せるものなんじゃないかと思います。

観客からの評価が高い、カラオケに興じる夫婦のシーン。『きらめく拍手の音』より。

イギル・ボラ●1990年生まれ。18歳で高校を退学、東南アジアを旅しながら自身の旅の過程を描いた中篇映画『Road-Schooler』(2009)を制作。韓国国立芸術大学で、ドキュメンタリーの製作を学ぶ。『きらめく拍手の音』は国内外の映画祭で上映され、日本では山形国際ドキュメンタリー映画祭2015〈アジア千波万波部門〉で特別賞受賞。2015年に韓国で劇場公開を果たした。

まるやままさき●1961年生まれ。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。広告代理店でアルバイトの後、フリーランスのシナリオライターとして、企業・官公庁の広報ビデオから、映画、オリジナルビデオ、テレビドラマ、ドキュメンタリー、舞台などの脚本を手がける。2011年、『デフ・ヴォイス』で小説家デビュー。ほかの作品として『漂う子』がある。

『デフ・ヴォイス』
仕事と結婚に失敗した中年男・荒井尚人。今の恋人にも半ば心を閉ざしているが、やがてただ一つの技能を活かして手話通訳士となり、ろう者の法廷通訳を務めることに。そこへ若いボランティア女性が接近してきて、現在と過去、二つの事件の謎が交錯を始める……。マイノリティーの静かな叫びが胸を打つ、傑作長篇。

『きらめく拍手の音』
サッカー選手を目指した青年が、教会で出会った美人の娘にひとめ惚れ。やがて夫婦となり、二人の子どもを授かるが、他の家族とちょっと違うのは、夫婦は耳が聞こえず、子どもたちは聞こえるということ……。韓国の若き女性監督が、繊細な語り口とやわらかな視線で、音のない家族のかたちをつむぐ。両親へのプレゼントのようなドキュメンタリー。

映画『きらめく拍手の音』はプレゼントのようなドキュメンタリー。現在、東京・ポレポレ東中野で公開中の他、全国でも順次上映予定。詳細は作品公式サイト(http://kirameku-hakusyu.com/)まで。

 二人が描き出した小説と映画。共通項の一つに、「デフ・ヴォイス」=「ろう者の声」について描いている、ということがある。

 次回は、その話を。

撮影 チュ・チュンヨン 翻訳・構成 矢澤浩子

デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫)

丸山 正樹(著)

文藝春秋
2015年8月4日 発売

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