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牧野 知弘
2017/06/13

被災地にこそタワマンが必要なのだ

「安全」「ハード」優先の復興で失われたもの

 東日本大震災が発生してからすでに6年の時間が経過した。「被災地への想いを忘れない」といった観念的なイベントや報道は続いているものの、実際の復興にあたって、人々の生活の基盤となる住宅については、どのような状況にあるか、復興が被災地にどの程度役に立っているかといった冷静な視点での分析が少ないような気がしてならない。

 国は住宅の再建にあたって、津波の危険性の高い沿岸部の地域については、住宅を建設できないようにして、津波が襲ってきても危険性の少ない高台に新たに住宅を設けるように誘導している。

 国の計画では2018年度までに約2万戸の、高台移転のための住宅用地を整備するとしており、すでに約7割の進捗率で用地の確保が進んでいる。

 ところが、用地は確保したものの、多くの計画地で実際には用地に住宅を建設して移転する動きが鈍いという。

漁業で生活するためには究極の「職住近接」が必要

 津波被害の大きかった地域の住民の多くは、何らかの形で海と関わる仕事をして生計を立てている。ところが、国の施策は、住民の暮らしの中身とは無関係に、とにかく家を確保しようというハード優先の考えで、高台に用地を確保し続けているというのが現状だ。

 被災地の住民の生活は海と密接につながっている。漁業で生活するためには海と直に接して、海と会話して生きていかなければならないのだ。究極の「職住近接」が求められる。海のそばに居ることで、海の微妙な変化、風の方向や吹き方、潮の香りなどから行動を起こす、そんな漁師としてのあたりまえの行動が、高台に登ってしまったのでは実行できなくなってしまう。

 高台住宅と港との間は車での移動が必須となる。しかし、多くの住民が高齢化し後継者がいない中で、いつまでも車に頼るわけにもいかない。今回の措置によって結局、漁を続けることをあきらめてしまった住民も多いと聞く。

 理屈として高台居住の必要性を理解させることができても、実態が伴わない住宅の整備は結局住民の理解を得ることはできないのだ。

「安全」のための高台移転で切り捨てられたコミュニティ

 このように考えてくると、復興にあたって高台移転のための住宅地の開発に、マイホームで暮らす家族の中身を本当に考えたものであったのか疑問に思えてくる。被災地は、震災前からすでに過疎化が進んだ地域が多く、高齢者が港の前で肩を寄せ合って、海とかかわりながらなんとか保ってきたコミュニティーを、「安心・安全」という旗印のもとであっさりと切り捨ててしまい、家があれば解決する、元の通りの生活に戻れるという、日本人のマイホーム信仰に根差したステレオタイプの施策であったといわざるを得ない。

 復興のための予算は、集中復興期間に該当する2011年度から15年度にかけての5年間でその額は26兆3千億円にものぼる。

 そしてそのうちの約4割にあたる10兆円が住宅の再建、復興まちづくりに関わる予算として消化されている。

10兆円の住宅・まちづくりの予算が土木・建築的な発想で消化されてしまっている  ©iStock.com

 こうした予算の在り方の根本的発想は、とにかく地域を「元通り」にすればよい、そして災害を防ぐという意味で、思いつきとしか思えないような巨大な防潮堤を作って二度と同じような災害が生じないようにしよう、という土木、建築的な側面だけからの価値観で構成されているような気がする。