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松本 博文
2017/06/17

東大に女子が入らない理由 #1

同じ偏差値だったら地方の医学部へ。東大は関東のローカル大になった

終戦直後の1946年から女子学生を受け入れている東京大学(当時は東京帝国大学)。それから71年経ち、女子学生の比率は増えたものの、海外の有力大学と比較するとその比率は著しく低い。また、進学する女子学生は関東出身者の割合が高く、地域の偏りも問題となっている。現在も東大に女子学生が集まらない理由とは何か。ライターの松本博文氏がその謎に迫る。(出典:文藝春秋2017年6月号「50年後のずばり東京」・全3回)

松本博文氏(ライター)

 2017年4月12日。年によっては散っていることもある桜の花が、今年の東京ではまだ咲いていた。九段下の駅を降りて、桜の名所である皇居のお堀を見ながら、坂道を上っていくと、右手には靖国神社が見える。左手の日本武道館では例年通り、これから東京大学の入学式が始まるところだった。

 武道館の前では一様に、コンサーバティブな、地味な色合いのスーツを着た新入生たちが、開場を待っていた。その中にひとり、淡い桜色のスプリングコートを着た女子の姿が目をひく。

 遡ること71年。終戦直後の1946年に、東京帝国大学(ほどなく東京大学に改称)は、その歴史上初めて、女子学生を受け入れることになった。当時の「帝国大学新聞」(1946年5月11日)には入学式に臨む彼女たちを「色とりどり華やかなただしあまり美しくはない女子学徒」と記している。その年の女子入学者は、898名中、わずかに19名を数えるのみ。比率にすれば、2.1%である。

 そこから女子学生はどこまで増えたのか。今年2月に行われた入学試験では、合格者3012人中、609人。率にして約20%。16年に発表された在学生全体に占める女子の割合も19%とずいぶん増えたように思えるのだが、たとえばハーヴァードは48%で、オックスフォードは46%。グローバルな視点からすれば、東大の男女共同参画室が分析して述べている通り、いまもなお、「海外の有力大学と比較しても、女子比率は著しく低い」ことは明らかである。

 現在も東大に女子が少ない理由は何か。そして現在の東大女子たちは、何を思い、どのような生活を送っているのだろうか。

地方出身者の疎外感

「東大に来て驚いたのは、東京出身の人ばかりだということでした。もっと日本中から学生が集っていると思っていたので……。もし事前に知っていたら、東大は受けず、地元に近い京大を選んだかもしれません」

 そう話したのは、岡山県出身のYさん(文I・2年)。

「地方出身の友達とは、たまにそういう話をします。東京にはずいぶん慣れたけど、ここでずっと働くイメージが湧いてこない。やっぱり将来は、空が広いところに帰りたいなって思います(笑)」

 男子、女子を問わず、都心の成績優秀な生徒は、早い段階から塾などに通って多くの知人を持ち、自然にネットワークができていく。東大に入った後でも、試験対策などでその繋がりが役に立つことは多いが、地方出身者からすれば、疎外感を覚えることも多い。

 筆者や編集者がつてをたどって話を聞いた東大女子たちも、東京や関東の有名進学校出身者が多かった。現代の東大女子の雰囲気を作っているのは、彼女たちなのだろう。

 桜蔭学園出身のAさん(理II・2年)は語る。

「桜蔭は理系が6割で、東大志望者や医学部志望者が多い。私もはっきりとした将来の目標はなかったけれど、医者になりたいとは思わなかったので、自然と東大を目指しました。卒業後は、みんな医師や弁護士などになってバリバリ働いています。桜蔭から東大に進むと『結婚率が低く、離婚率が高い』という噂もあるけれど、先輩たちを見ていると、みんな学生時代に恋愛して、その後はちゃんと結婚をして、家庭生活も充実しているようです」

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