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中本 由美子
2017/06/24

京都は和風イタリアン! 季節の移ろいを表現する、絶賛の3軒

関西グルメ誌「あまから手帖」編集長が通う「京都、和食じゃない美味い店」

genre : フード, グルメ,

「あまから手帖」といえば関西のグルメ雑誌の老舗で、舌の肥えた読者で知られます。その編集長が教える京都の楽しみ方。しかも今回は和食だけじゃない、京都にあるほんとうに美味しい店をご紹介しましょう。第2回は京都だから成立するイタリア料理のうまい店。

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京都発信イタリアンって何だ?

「あまから手帖」編集部に転職した1997年の秋、私は一冊のMOOKを編んだ。タイトルは「関西イタリアンBOOK」。

 当時、関西は空前のイタリアンブームだった。バブル期にイタ飯がブレイクした東京に比べると随分タイムラグがあるな…と思っていたが、80年代後半にはイタリアで修業した帰国組がリストランテを続々オープンさせていたのだから、すぐには流行りに飛びつかない京阪神共通の県民性が関係しているのかもしれない。

 この頃、京都のイタリアンといえば、笹島保弘さんがシェフを務めた『イル・パッパラルド』全盛期。豪快でエネルギッシュな皿はリーズナブルで、太陽のように明るいシェフのキャラクターも手伝って、とにかく勢いがあった。その2年後、「関西料理人 仏・伊の30人」という特集で、私はシェフにインタビューをしている。─これからはもっと破天荒に行くよ─。その予告通り、2002年、笹島シェフは独立。さらなる快進撃が始まった。

イル ギオットーネ』は“京都発信のイタリアン”をコンセプトに掲げてスタート。昆布だしを底味として利かせたり、木の芽や柚子の香りを纏わせたり。九条ネギ、聖護院蕪といった京野菜も巧みに取り入れた笹島流のコースは、斬新だけど、日本人のDNAに直接響くような説得力があった。

京都発信のイタリアンの草分け、『イル ギオットーネ』

 イタリアは長靴に喩えられるように南北に長い国で、それゆえ郷土色が豊かだ。土地柄を料理に映すことこそイタリアンの特長とするならば、笹島シェフが展開した“京都イタリアン”は大変理に適っている。だからこそ、その後、京都に瞬く間に広がり、根付き、わざわざ京都までイタリアンを食べに行く価値が創出されたのではないだろうか。

『イル ギオットーネ』の窓からは八坂の塔が見える

 ちょうどその頃、私はフリーの編集者として「あまから手帖」を編んでいた。主人の転勤で松山、名古屋と居を移し、ようやく落ち着いた2010年、編集長となり再び関西に戻ってきた。当時の私は完全に“浦島太郎”状態。こりゃアカンと関西のイタリアンを食べ歩いて、驚いた。手打ちパスタが増え、バールができ、ピッツェリアが人気で……。えらい楽しみが広がっているじゃないの。そこで11月号「イタリアンいまどきのキーワード」という特集を組むことにした。

 その中で「イタリアン成熟までのキーワード」と題して6ページの鼎談を企画し、私もそこに参加した。1980~90年代を“認知”、1990~2007年を“浸透”、それ以降を“細分化”の時代として語り合ったのだが、2000年代後半から増えた郷土料理は食べ手として興味深かった。京都ならば、ピエモンテ州で腕を磨いた祇園の『リストランテ デイ カッチャトーリ』、前回の「肉」の回でも触れたトスカーナ州のビステッカの名店『オステリア・イル・カント・デル・マッジョ』、プーリア州の料理が愉しめる聖護院の『オステリア コナチネッタ』がその筆頭で、今なお変わらぬ存在感を放っている。笹島シェフの居た『イル・パッパラルド』も窯焼きのナポリピッツァを看板に、現シェフが活躍中だ。