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AIが導き出した“ベストセラー小説の法則”は意外と普通?

古市憲寿が『ベストセラーコード』を読む

2017/07/04
『ベストセラーコード』(ジョディ・アーチャー マシュー・ジョッカーズ 著 川添節子 訳)

「ベストセラーを書いて一攫千金を狙いたい」。作家でなくとも、一度はそんな夢想をしたことがある人は多いはずだ。実際、ベストセラーには夢がある。J・K・ローリングはハリー・ポッターの成功で、生活保護を申請する貧困生活を脱し、総資産一千億円を越えるセレブとなった。

 これまでもベストセラー指南書は数多く出版されてきた。しかし本作『ベストセラーコード』の最大の特徴は、いわゆる人工知能を活用したこと。コンピューターにベストセラー小説五百冊、あまりヒットしなかった小説四千五百冊を読み込ませて、ベストセラーに共通するパターンを探ろうとしたのだ。結果、ベストセラーを八割以上の確率で判定できるアルゴリズムが完成した。

 たとえば世界的に大ヒットした『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』という官能小説がある。過激なセックスとSMシーンが話題となり、映画化もされた作品だ。

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 しかし著者によれば、同作がヒットした理由はセックスそれ自体ではない。物語を通して、主人公の感情の浮き沈みの流れが完璧で、読者の「本能」をうまく反応させるようになっているというのだ。実際、同様に大ヒットした『ダ・ヴィンチ・コード』『インフェルノ』と、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』はプロットラインが非常に似ているという。

 そもそも、多くのベストセラーでセックスは主要な要素ではない。セックスそれ自体ではなく、人間関係にこそ読者は興味がある。映画版の『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』が失敗したのも、過激な性描写ばかりをウリにしたからなのだろう。

 コンピューターによれば、ベストセラー小説には以下のような作品が多いという。テーマは「家庭生活」や「チームスポーツ」など日常的なもの。主人公は、主体的に描かれるべきで、消極的な主人公は好まれない。文体は口語体で、無意味な修飾を避ける。まあそうだろうねえ、という結論だ。別に人工知能に頼らなくても、優秀な作家や編集者なら常識として知っていることだろう。

 しかし重要なのは、コンピューターが凡庸な結論を導き出したという事実だと思う。つまり、ベストセラーにはきちんと黄金の法則が存在し、ヒットはギャンブルではないということだ。かつては「天才の頭の中」にしかないと思われていたヒットの法則が、きちんとパターン化されてしまったのである。

 原著はアメリカで出版されたこともあり、主にアメリカの小説を対象としている。日本であれば多少結論は変わりそうだが、参考になる点は多い。友人の編集者も、コンテストに退屈な小説が大量に届くことを嘆いていたので、小説家予備軍の人はぜひ読んでみて欲しい。

ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム

ジョディ・アーチャー(著),川添節子(翻訳)

日経BP社
2017年3月23日 発売

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