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ビートたけし
2017/06/25

ビートたけし「おいらの居酒屋に突然やって来た」――生誕80年・美空ひばりとわたし

いまなお色褪せぬ“歌謡界の女王”の記憶

ビートたけし(タレント) ©文藝春秋

「戦後」という時代背景があったから、美空ひばりが生まれたんじゃないかな。長嶋(茂雄)さんや(高倉)健さんもそうだけど、時代を背負っていた。無理やり売り出したわけじゃなく、自然と、時代から生れ落ちるように現れた。

 今もスターはいるけど、「誰々の時代」と言われるには、エンターテインメントの種類が多すぎる。あの頃のスターのような影響力を持てない。長嶋さんの時代は野球と相撲ぐらいしかなかったからこそ、あれだけの光を放つことができた。今はメジャーリーグもあるし、サッカーもテニスもある。あの時代のようなスターはもう生まれないね。

 ひばりさんは、自分が子供時代からスターとされている人だし、長嶋さんのときもそうだったけど、はじめて会ったときは震え上がったよね。芸能界入ってよかったなって思ったな。こういう人たちに会えるんだからって。

 戦後の「歌謡曲の時代」は、大前提として、歌がうまくなければいけなかった。その中で、ひばりさんは誰もが認めるトップだった。そのプライドも風格も、本人にあった。家から一歩出ると、もう美空ひばりだったからね。

 プライベートではよく飯を食ったけど、とても気さくな人なんだよ。でも外で会ったときには、おいらでも「オッ」となった。

 最近は、有名人を見かけると、みんな平気でスマホのカメラを向けるじゃない? 今、ひばりさんが生きていたとして、同じことができるかな。その雰囲気に圧倒されて、おいそれとはスマホを向けられないんじゃないかな。まあ皇后陛下にスマホ向けるババアがいるくらいだから、やる奴はやるんだろうけど(笑)。

ひばりさんが1人で突然やって来た

 ひばりさんに初めて会ったのは、おいらが作った四ツ谷の「北の屋」っていう居酒屋。あの頃、毎日たけし軍団の連中と飲んでいて金がかかってしょうがなかった。だったら、自分で店を始めた方がいいと思って始めたら、とんでもねえ赤字経営で(笑)。飲み放題食い放題で、1人500円払えって言っても「ぼりやがった」って怒るぐらいのメンバーだからね。そんな店に、ある日突然来たんだよね。

 板前さんから「ひばりさんが来てます」って電話がかかってきて、最初は漫才師か何かかと思ったんだ。「ヒバリ・ウグイス」なんて漫才コンビ、ありそうじゃない? その片割れが来たと思ったら「美空ひばりさんです」って言うんだ。だから「お前、それは偽者だからよく見て追い返せ」って言ってやったんだけど、板前も「いや、本当にそうですよ」って言い張るんだよ。

 仕方なく店に行ったら、他の客を誰も入れず、本当にひばりさんが1人でテーブルに座って、お茶を飲んでた。内心ホッとしたのは、何も食ってなかったこと。なんたって、水槽の底で沈んでるアジを、ヒラメだって言い張って出しちゃうような店だったから(笑)。

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