昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

鈴木 敏夫
2015/06/09

達人10人が選ぶ教養力増強ブックガイド
鈴木敏夫の3冊 個人における歴史の役割

『歴史とは何か』『幻影の時代』『方丈記私記』

ブーアスティン『幻影の時代』(東京創元社)

 実は、僕は大学で社会学を専攻したのですが、卒業論文はなぜか歴史について書いたんですね。タイトルは「個人における歴史の役割」(笑)。有名なプレハーノフの『歴史における個人の役割』(岩波文庫)を引っくり返して、三日間で仕上げたんですが、その学生時代に出会って以来、何度も読み返しているのが、E・H・カー『歴史とは何か』(岩波新書)です。

 この本には「歴史とは、現在と過去との対話である」という有名な言葉が出てきます。つまりそもそも歴史の「事実」自体が見る人によって異なるもので、時代や立場によって変わっていくものだ、というところから始まるんです。僕たちは現在の目でしか過去を見ることが出来ないわけで、逆に歴史をどう見るかと問うことは、いまの自分たちの姿を知る方法にも使えるんじゃないか、そんなことを考えたんですね。

 だから、僕にとってはダニエル・J・ブーアスティン『幻影の時代』(東京創元社)なんかもメディア論であるとともに、時代を考察するという点で、歴史の本でもあるんです。これは一九六一年に書かれていますが、当時のアメリカに代表される大衆消費社会、そしてメディアの存在が具体的な事例とともに描き出されています。これは、実は僕が映画宣伝を手がける上で、とても参考になった一冊でもあります(笑)。

 というのは、僕らが映画の仕事を始めた八〇年代、九〇年代には、「この映画は三十代後半の働く女性」などと、最初からターゲットを細かく設定するマーケティングが大流行していたんですね。だけど、僕はジブリ作品の企画書にはいつも「ターゲット……オール世代、男女問わず」と書いたんです。宣伝や配給の責任者からは怒られましたが、僕はむしろ同じものを誰もが欲しがる、見たがるところに、大衆消費社会の本質はあって、そのマーケットのほうが実は広いのではないか、と考えていたんです。そのバックボーンとなったのが、ブーアスティンであり、リースマンの『孤独な群衆』(みすず書房)やエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』(東京創元社)だった。現在をみるために、あえて近過去に視点を置くことも有効なのだ、と知りました。

今を見つめるヒント

 こうして振り返ってみると、僕は、どうやら実際に起きた歴史そのものよりも、その歴史をどう見るか、というほうに興味の重点があるようです。そういう意味で対照的なのは宮さん(宮崎駿監督)で、徹底して具体的なものにしか興味がない。たとえば堀田善衞さんの『方丈記私記』(ちくま文庫)などを読んでも、平安末期、地震、水害、疫病、飢饉などに次々と襲われる都の具体的な描写に没入して、頭の中で絵として再現するのが好きなんですよ。そして、そこに自分も身を置いてみたい(笑)。

 一方、僕は鴨長明という人物の方に興味がいく。京都の由緒正しい神官の家に生まれるのですが、十八歳で父を亡くし、祖母の家に行くと、実家の十分の一くらいの大きさなんですね。そして最後は一丈四方の方丈の庵に住む。つまり生涯、どんどん家が小さくなっていく人なんです。歌と琵琶で出世しようとしたり、どうも脱俗というよりも、時代に流され翻弄された人、というように見えてくる。そうやって鴨長明に現代人を重ねてみたり、逆に「NHKスペシャル」なんかを見て、これは歴史の流れの中でどの辺に位置するのか、と考えたりするのが好きなんですね。

 最近で言えば、水野和夫さんの『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)も面白かった。資本主義は常にフロンティアを生み出すことで自己増殖してきたのだけど、もはやアフリカくらいしか残っていないという指摘で、これから人間はどうなっていくのか、という思考にとても刺激されます。結局、いま自分が生きている、このよくわからない現在というものを見るための視点やヒントを与えてもらうのが、僕にとっての歴史との付き合い方なのでしょう。

はてなブックマークに追加