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柳澤 協二
2014/05/26

アメリカは「日本の戦争」に巻き込まれることを恐れている

集団的自衛権容認は日本の右傾化なのか (2)

『星条旗新聞』は「無人の岩をめぐる争いに、巻き込まないでくれ」と書いた安倍総理の「情念」が日本を危険な場所へと導いている

 

 北朝鮮が核保有国になった、中国に尖閣諸島を盗られてしまうかもしれない──今、集団的自衛権行使容認を主張する論者の多くは、前提としてそんな説明をします。しかし、日本を取り巻く軍事的脅威が高まったのであれば、それは日本の有事ですから、個別的自衛権をしっかり使えるようにすべき、というのがあるべき答えで、本来そこに集団的自衛権が出てくる余地はありません。

 集団的自衛権行使によって日米同盟がより緊密なものになる、という理屈もよく語られます。自民党でこの議論をリードしてきた石破茂幹事長はしばしば、「“僕が殴られたときは助けてね。だけど君が殴られても助けてあげられないよ”では、友人関係は成り立たない」という喩え話をしますが、それは普通の友人同士なら、そうかもしれません。しかし、日本は、誰からも絶対殴られない、世界で一番強い友人と同盟を結んでいるのです。アメリカは、本当に我々の助太刀など必要としているのでしょうか。もしアメリカにミサイルを撃ち込んだら、その国は破滅的にやり返されます。巨大な報復力こそアメリカの抑止力です。そういった前提条件を無視して、人情話に置き換えてしまってよいのでしょうか。

米中はお互いの“間合い”を探っている

 客観的に今の国際情勢を見ると、たしかに中国の台頭によってアメリカの力は相対的に落ちています。イラクやアフガニスタンで手痛い損害を被り、軍事的な介入のオプションが使いにくい状況になってもいる。しかし、アメリカはまだ、中国に負けるとはまったく考えていません。GDPや軍事費ではいずれ追いつかれるかもしれませんが、これまでの蓄積の差が歴然とあるからです。一方、中国のほうも、どこまでやればアメリカが本気で怒るかが見えていません。その間合いをお互いに確認しようとしているのが、ここ数年の米中関係だと思います。

 現在の米中関係は、冷戦時代の米ソとは違います。お互いに相手がいなければ経済が成り立たない関係になっているからです。だから軍事的なヘッジはしておくけれども、アメリカの真の目標は、中国が国際ルールに従う普通の国になってくれること。そういう流れで今後、米中は動いていくでしょう。

 そこでアメリカが国益上心配するのは、アメリカの意図せざる軍事衝突が起きて、巻き込まれてしまうことです。つまり日本が、尖閣で何かあってもアメリカを引っ張り出せばいい、などと考えていると、アメリカの国益とずれが生じる可能性があるのです。

 超大国としてのアメリカが、国益上許せないことは二つあります。ひとつは世界のどこかの地域にアメリカを排除するような覇権国が出てくることは絶対に認めないということです。これは日露戦争のとき、ロシアを牽制するために日本を助けて、講和を仲介したときから、ずっと変わっていません。もうひとつは、戦争をするかしないかは自分で決めるということです。よその国に引きずられて戦争をするということを、アメリカはもっとも嫌う。

 昔は日米安保の問題といえば、アメリカの戦争に日本が巻き込まれるという議論でした。それがいまは、アメリカが日本の戦争に巻き込まれる事態を心配する時代に変わってきているのです。

 実際、去年二月に安倍晋三総理が訪米する直前、アメリカ軍の関係紙『星条旗新聞』に、「安倍は『無人の岩をめぐる争いに、巻き込まないでくれ』と言われるだろう」という記事が載りました。ですから、日本が助けてくれると期待する米軍にも、微妙な雰囲気があることがわかります。

 また、昨年十一月に中国が防空識別圏を勝手に設定したことにアメリカは抗議をしましたが、そのひと月後、安倍総理が靖国に参拝してしまった。これに対してアメリカ政府は「失望した」とコメントしました。同盟国に対して「失望した」というのは、非常に強烈なメッセージです。これも、中国の軍事力を抑止しながら普通の国に変えていこうという戦略の中で、日本が勝手に緊張を高め、むしろ混乱要因になることを、心配したからでしょう。

 かつて「日米も、米英のような同盟関係であるべき」と提言した元米国務副長官のアーミテージ氏も、オバマ大統領が来日する直前、日本の集団的自衛権について「そんなに急ぐ必要はない」と、発言をトーンダウンさせました。アーミテージ氏は、アメリカの国益を最もリアリスティックに考える立場の人物です。あの発言は、集団的自衛権そのものよりも、いまの安倍政権の姿勢全体に対して「少しブレーキをかけないと、アメリカの国益を害するかもしれない」という意味で、イエローカードを出したのだと思います。

 来日したオバマ大統領が、「尖閣諸島は安保五条の適用範囲だ」と言ったのも、中国を牽制しつつ、日本に対して、「これまでと同じでアメリカは日本を守るから、余計なことをしてくれるなよ」と釘を刺したと考えられます。

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