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加藤 崇
2014/12/17

イノベーションの最前線
東大発ベンチャー・シャフト元CFO激白
世界一の国産ロボットはなぜグーグルに買われたのか

「支援する枠組みは行政に無い」――日本からジョブズが出現しないのはなぜか

 

 二〇一三年七月一八日。東京お台場。その日、僕たちSCHAFT(シャフト)のメンバーはグーグルのアンディ・ルービンに自分たちの開発したヒト型ロボット技術のデモンストレーションを行っていました。

 ルービンはスマートフォンのOSアンドロイドを作った人物。シャフトは東京大学助教の職を辞した中西雄飛さんと浦田順一さんと僕が中心になって、二〇一二年に設立したヒト型ロボット開発・製造会社です。

 ルービンと初めて出会ってから四時間半後――。彼が顔を真っ赤にして言いました。

「本当に素晴らしい技術だ。君たちが出資を受けたいなら、それを実現することは可能だろう。だが、ヒト型ロボットの産業を本気で立ち上げようと思ったら、君たちだけの力では足りないと思う。世界中から天才を集め、ドリームチームを作って一緒に世界を変えないか。君たちに会社を売るという選択肢があるのなら、我々はそれに応じる準備がある」

 それはグーグルによるシャフトのバイ・アウト(買収)の提案でした。

 驚きと興奮の中、僕たちは三十分ほど役員で話し合うと、こちらも会社全体をグーグルに売却する準備があることをルービンに伝えました。僕はその日から四カ月、他のすべての仕事を断り、グーグルとのM&Aを取りまとめることに全力を傾けました。

 グーグルに対する事業売却の目的は二つ。リスクを取ってくれた投資家に十分なリターンを返すこと。そして何より、中西さんと浦田さんに、思う存分ヒト型ロボットの開発に没頭できる環境を与えることでした。シャフト設立から一年あまり、日本のベンチャーキャピタルや大企業、官製ファンドや中央官庁に支援を断られ続け、日本の環境で二人の夢を叶えることは無理だと、痛感していました。

 そして、二〇一三年一一月一三日、グーグルによるシャフトの買収が完了しました。

 大企業が自前で技術開発するのではなく、外部のベンチャー企業を買収することで、目的の技術を獲得することをオープンイノベーションと言います。また、自分が始めたベンチャー企業が、最終的にグーグルやアップル、マイクロソフトに買収されることは、起業家にとって、最高の栄誉とされています。

 でも、日本で生まれたシャフトを日本で育てていけなかったことには、一抹のくやしさがあります。

世界を変える革命的技術との出会い

 シャフトの核は、中西さんと浦田さんが研究・開発してきた、世界のトップを走るヒト型ロボット技術にあります。

 二人と初めて出会ったのは、二〇一二年三月一五日。当時、僕は三三歳。東京三菱銀行を辞めて、企業再生を請け負うコンサルティング会社で働いた後、オーストラリア国立大学でMBAを取得して帰国してから、数年が経っていました。その間、IT企業の新規事業立ち上げに失敗したり、ベンチャー企業の再建を成功に導いたりと、様々な経験を積んで、プロ経営者としての自信をつけ、二〇一一年に加藤崇事務所を設立していました。

 そのころ、僕はあるベンチャーキャピタルの顧問をしていて、色々な人に新しい技術を研究している人を紹介してほしいと頼んでいました。それを憶えていた高校の同級生が「大学を辞めて、ヒト型ロボットのベンチャーを始めたい二人の若者がいるから相談に乗ってあげてほしい」と連絡をくれたのです。僕は早稲田大学理工学部の応用物理学科を出たのですが、もし家にお金があったら、大学院に進みたかった。いつかビジネスでお金を稼いだら、大学に戻ってロボティクスで博士号を取得したいと思っていました。ですから、二つ返事で、その若者たちに会うことにしたのです。

 中西さんは三一歳。立派な体格に小さなメガネ、髪とひげは伸ばし放題でした。

 浦田さんは三〇歳。メガネをかけ、青白く痩せていて、いかにも研究者といった風貌でした。

 二人とも、とにかく真面目な印象でした。

「AKB48の49人目のメンバーとして、AKB49というアイドルロボットを売り出して注目を集めれば、アラブの石油王がお金を出してくれるにちがいない」

 それが中西さんが汗だくになってプレゼンしてくれた内容でした。あまりにとりとめがなかったので、「ビジネスはそんなに甘くない。君たちには世界一のロボット技術があるかもしれないけど、伊達や酔狂でお金が集まる世界じゃないんだ」と率直に伝えました。すると、中西さんがいきなり激昂しました。

「ふざけた気持ちでロボットをやろうとしているわけじゃない。あらゆる人生の快楽を捨てて、何もかも失っても、僕は一生ロボットを開発していたい。僕はロボットに人生を懸けているんです」

 僕は彼らのビジネスに対する見込みの甘さを指摘したつもりだったのですが、中西さんは彼のロボットへの純粋な思いを茶化されたと思ったのです。

 でも、僕は激昂した中西さんに心の底から感心していました。今のビジネスの現場で、打算抜きにここまで真剣になれる人はそうそういません。中西さんはそこまでの情熱をロボットに注ぎこんでいる。僕の口からは、こんな言葉が自然と出ていました。

「そうやって思えるのは、本当に素晴らしいよ。僕が時間を使って助けるから、君たちの技術が何かものになるように一緒に頑張りましょう」

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