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熊崎 敬
2014/06/17

サッカーワールドカップはナショナリズムの決戦場

サッカーワールドカップ 僕らが「日の丸」に感動するのはなぜなんだろう(2)

世界最大のスポーツイベント、サッカーワールドカップ
国の威信を賭けた戦いは、本物の戦争を引き起こしたことも

 

 四年に一度開催されるサッカーのワールドカップは、単独競技の大会として世界最大の規模、人気を誇る。二〇〇六年ドイツ大会の全世界でのテレビ視聴者は、のべ三百億人超。これは夏季オリンピックを大きく上回る数だという。

 ワールドカップはかつて、「サッカー世界一を決める最高峰の大会」だった。かつてというのは、その座をすでにチャンピオンズリーグに明け渡したからだ。ヨーロッパのクラブ王者を決めるチャンピオンズリーグとワールドカップを比べると、試合としてのレベルが高いのは間違いなく前者だ。クラブチームは優秀な外国人を数多く補強でき、常時トレーニングしているのだから当然だろう。

 それでも、ワールドカップの熱気が衰える気配はない。それはこの大会が、ナショナリズム発揚の場となっているからだ。代表チームの戦いは国の戦い。だからこそ日頃、サッカーに興味のない人までもが過剰に反応する。

 とりわけ戦火を交えた国同士が対戦すると、ナショナリズムが剥き出しになる。

 この例で有名なのが、一九八六年メキシコ大会の準々決勝で実現したアルゼンチン対イングランド。大会四年前にフォークランド紛争を戦った両国は、試合前から激しい舌戦を繰り広げた。

 当時、アルゼンチンの主将だったマラドーナは、次のように語っている。

「イギリス人がマルビナス諸島(フォークランドのアルゼンチンでの地名)で、大勢のアルゼンチン人を殺したことは事実だ。あいつらは、小鳥を殺すように俺たちの同胞を殺した。いくらスポーツと戦争は別物だといっても、これは復讐以外の何物でもないんだ」

 マラドーナだけではない。アルゼンチンの人々は「この試合に勝ったら、優勝なんていらない」と語るほど燃え上がっていた。

 試合は二対一でアルゼンチンに凱歌が上がった。勝利の立役者は二ゴールを決めたマラドーナ。どちらも歴史に残るゴールだった。五一分の先制点はゴール前での空中戦の最中、審判を欺き左手でボールを押し込んだもの。「神の手」と騒がれたこのゴールにイングランド人が激怒すると、三分後に「これなら文句ないだろ?」とばかりにドリブルで五人の敵をごぼう抜きにして二点目を決める。ワールドカップ史上、もっとも有名な「五人抜きゴール」だ。

 アルゼンチンは七八年アルゼンチン大会と、この八六年メキシコ大会で世界一になっているが、同国のサッカー史上でもっとも偉大な勝利は、この二度の決勝ではなく、フォークランドの復讐を果たしたイングランド戦の勝利なのだ。アルゼンチンの人々がマラドーナを英雄視するのは、サッカーが抜群に上手かったからというだけではない。敗北の許されない大一番で神業をやってのけ、鼻持ちならないイングランド人のプライドを粉々に打ち砕き、国中を狂喜させたことが大きい。

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