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サッカーワールドカップはナショナリズムの決戦場

サッカーワールドカップ 僕らが「日の丸」に感動するのはなぜなんだろう(2)

2014/06/17

多くの国々と因縁を抱えるドイツ

 歴史上、長く戦争が繰り返されたヨーロッパには、遺恨試合が無数にある。セルビア対クロアチア、イングランド対スコットランド、トルコ対ギリシャ……。中でも、もっとも多く遺恨試合を持つのがドイツだろう。イングランドやオランダなど、この国との対戦に闘志を燃えたぎらせる国は少なくない。二度の大戦での忌まわしい記憶が残っているからだ。

 ドイツとオランダがワールドカップのような大舞台で対戦すると、メディアはサッカーに限らない過去の因縁を蒸し返す。国境付近の町や村には緊張が走り、暴動すら起きることがある。

 ピッチ外が過熱すると、その熱は確実にピッチ上に伝播する。西ドイツ(現・ドイツ)が優勝を飾った九〇年イタリア大会の決勝トーナメント一回戦の対戦でも、ひと悶着あった。西ドイツが二対一でオランダを退けたのだが、オランダのライカールトと西ドイツのフェラーが揉めて、両者は退場。ピッチを退く際、ライカールトがフェラーの顔に唾を吐きかけるというスキャンダルに発展した。

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 ライカールトはなぜ、ドイツ人に唾を吐きかけたのか。試合後、オランダのメディアは事の真相を追い続けたが、はっきりした答えは出なかった。ライカールトはスリナム人の血を引く移民選手であり、白人のオランダ人ほどドイツ人を憎む明確な理由が見当たらなかった。周りに煽り立てられて、魔が差しただけだったのかもしれない。

 いずれにしろ、こうした因縁が積み重なっていくことで、両国の対戦は確実に遺恨試合であり続ける。ワールドカップでイングランドとアルゼンチン、オランダとドイツが対戦するたび、サッカーに限らない過去の映像が嫌というほど繰り返し流され、戦争を知らない若い世代にも自然と敵愾心が受け継がれていく。

 ナショナリズムを掻き立てる遺恨試合は、ワールドカップの本大会より地域予選に多い。というのも本大会が「遠くの他人」と戦う場合が多いのに対して、予選は「隣人」と争うことになるからだ。

 数々の遺恨試合の中で、極めつけといえるのが七〇年メキシコ大会の予選で行なわれたエルサルバドルとホンジュラスの対戦だろう。元々、国境や移民、貿易などを巡って衝突を繰り返していた両国は、ピッチでの戦いを迎えて異常な過熱ぶりを見せた。ホーム&アウェーの第一戦を落としたエルサルバドルでは、女性ファンが敗北に悲観して拳銃自殺し、第二戦ではサポーター同士の衝突によってホンジュラス人二人が死亡。ホンジュラスに暮らすエルサルバドル人一万二千人が本国に避難する事態となった。

 結局、この戦いはエルサルバドルが勝利を収め、ワールドカップ初出場を果たしたが、この試合によって両国の関係は修復不可能なほど悪化。試合後に本物の戦争、いわゆる「サッカー戦争(別名、百時間戦争)」が勃発した。それがすべての原因ではないとはいえ、サッカーが戦争の引き金を引いたのである。

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