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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/06/27

ソマリアの日常食“ラクダの乳ぶっかけ飯”は意外とウマイ――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 前回、ラクダ肉は固くて食べにくいので中東・アフリカでも一般的ではないが、その割には値段が高いと書いた。

 最大の理由は、ラクダはそもそも食肉用の家畜でないから。遊牧民にとってラクダは家財道具を運ぶ重要な輸送手段である。

 なにより、ラクダからは乳がとれる。とりわけソマリ人はこのラクダ乳を好む。

 ソマリ語には「アブ(飲む)」という動詞とは別に「ダミ(ラクダ乳を飲む)」という動詞があるくらいだ。また、「ラクダ乳と平和」という成句もある。ラクダ乳は「富」や「豊かさ」の象徴でもある。

 実際、ソマリ人のいるところには必ずラクダ乳がある。ソマリランドの首都ハルゲイサでは大統領官邸のすぐ近くに遊牧民がテントを立ててラクダ乳を売っているし、ケニアにあるソマリ人の難民キャンプでも、治安が極端に悪いソマリアの首都モガディショの町中でも同じように売っている。

 味は牛乳に比べると若干薄く、ほんの少し青臭い感じがするが、ヤギの乳ほどではない。そしてたいてい少し酸っぱい。最初飲んだときは「傷んでるのか?」と心配になったが、ソマリの友人たちに「ラクダ乳は常温で三日ぐらいはもつ。だんだん酸っぱくなるけど、それが美味いんだ」と笑われた。実際、ラクダ乳は抗菌作用が他の乳より強いらしい。

 ラクダ乳は健康にもよいとされている。モガディショ出身で現在早稲田大学の大学院生である友人は「子どものころ、毎週金曜日は一家全員が食べ物を何も食べずに、ラクダ乳だけ飲んでいたよ」という。体の中の悪いものを出す効果があると彼のお父さんが言っていたそうだ。小学生くらいの子どもでも一日で十リットルも飲んだというから、まさにラクダ乳で消化器官を洗うような感じで、「ソマリ式ラクダ乳健康法」と名付けたくなる。

 ハルゲイサでは搾りたての乳を飲んだことがある。朝の五時に町を出て、半砂漠に暮らしている遊牧民を訪ねたら、その場で搾ってくれたのだ。ラクダは背が高いので、搾る方もしゃがんだりしない。王貞治の一本足打法さながらに、直立して片足をあげ、あげた足の上に木桶のような器を置き、その上でぴゅうっと乳を搾る。二リットルほどの器がいっぱいになると、その場にいる人々全員で回し飲みするのが作法。

 口に含むと、お馴染みの酸味がない。まだ発酵していないのだ。甘くてなめらか。ふつふつと泡立ち、しかも温かいのでびっくり。40度くらいありそうだ。

木桶に入ったラクダ乳

 あとで知ったのだが、ラクダは温度差の激しい砂漠に適応し、体温を調節できるそうだ。暑いときには36度、寒いときには42度ぐらいまで変化させられるという。このときは吐く息が白いほど冷え込んでいたから、ラクダの体温もかなり上がっていたのだろう。超新鮮でほかほかした乳を飲むと、身も心も温まる気がした。「ラクダ乳と平和」の意味を実感した瞬間だった。

 ラクダ乳は飲むだけではない。ソマリランドの田舎町を旅しているときのこと。食堂で米とヤギ肉の炒め物という朝食をとっていると、現地の友人がやってくるなり、テーブルに置いてあったラクダ乳のボトルを掴んで、いきなり私の皿にぶちまけたのだ。

「何するんだ?」と目をむいたら、「いいから食ってみろ」と言う。乳で白くなった炒め物ご飯を半信半疑で口に運んだところ、炒め物の油と乳の酸味が不思議な調和を見せて、意外と美味い。どうやらソマリ人は「ひと味付け足す」くらいの軽い気持ちで、ご飯に乳をかけてしまうらしい。

 美味しくて保存がきき、健康によくて調味料にもなる。ラクダ乳は本当に万能のドリンクなのである。