昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

経産省若手官僚5人が語り合う「私たちが、あのペーパーで伝えたかったこと」#1

131万ダウンロード 賛否両論を巻き起こした異例の「文書」が生まれるまで

2017/07/03

なぜ答えも、具体策もないペーパーになったのか?

――ただそれが「不安な個人、立ちすくむ国家」というネガティブな、撤退戦のような言葉遣いになったのはどういう理由なのでしょう?

須賀 タイトルは最後の1週間で決まったんですが、これでもすごく前向きなんですよ(笑)。副題の「モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか」とセットになると、バランスの取れた前向きさになると思うんですが。

高木 副題が外れるとここで思考が止まっちゃいますからね、「立ちすくんでるんだ」って。そういう意味では、これからまだやるべきことが相当にあるよね、という動的なメッセージを提示したつもりです。

 

――しかし省内の上層部からは、問題提起しているだけ、というダメ出しはなかったんですか?

菊池 それは省内だけではなく、ペーパーを読んでくださった多くの方からのご意見にもあったところです。

上田 幹部からは「具体策が示されていないが大丈夫なのか?」という指摘はありましたね。

須賀 「問題はこうです」と「解はこうです」が対になっているのが役所の資料では常識です。だから、「これが問題だと思いますが、どうでしょう」という答えのない資料を出すこと自体を不安視する向きはあったかと思います。

問いかけのメッセージが多い、異例のペーパーで話題を呼んだ

――そういったストレートな問題提起をペーパーにそのまま反映されたのには、どんな経緯があったのですか?

須賀 官僚は必ず「問題だ」と言うと、「どうするんですか」「責任取れ」と言われてしまうので、ストレートな表現を本能的に避けてしまいがちなのですが、「人に分かってもらうようにしよう」と次官からたびたびアドバイスをいただきました。口頭で補足した表現をひろって「いまお前が言ったことをそのまま書け」って。何度も言われたよね。

高木  そうですね、そのプロセスは何度もありました。

上田 メンバーたちには、世間の人も巻き込みながら一緒に問題意識を共有して、仲間を増やしていきたい意識もあったので、解を出すことにだけ傾注はしたくなかったんです。

須賀 賛否両論ありましたが、むしろそれで省内のみならず、社会にも、特にネットの反応を見ていると私たちと同世代と問題意識を共有できたのかなと、手応えを感じました。

#2に続きます

写真=佐藤亘/文藝春秋