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【日本ハム】大谷翔平の「1三振」が野球ファンに見せた夢

文春野球コラム ペナントレース2017

チーム浮上のカギを握る二人が……

 リーグ戦が再開して、交流戦のときは当たらずに済んでいた楽天、ソフトバンクと対戦し、さっそく凹んでいるファイターズである。やっぱり打つなぁ、パの上位チーム。栗山英樹監督の構想では、リーグ戦再開からオールスターまでは猛チャージのはずだった。そろそろエンジンをかけなければCS出場すらおぼつかない。

 衆目の一致するところ、チーム浮上のカギを握るのは大谷翔平と近藤健介、この2人の戦列復帰に尽きる。大谷翔平は足の調子が本来じゃないので、指名打者のみの「一刀流」になりそうだ。栗山監督はリハビリ明けから2軍戦の慣らし運転を飛ばして、いきなり1軍登録に踏み切る。ぶっつけ本番だ。スーパースター・大谷の起爆力がどうしても必要だった。

 一方、「4割打者」近藤健介は戦列復帰が遠のくことになった。6月3日、甲子園で見た打席が(たぶん)今季最後の雄姿となってしまった。そのときは「右太もも裏の張り」という話で、軽い肉離れだろうとタカをくくっていた。それが長引いてるなと思ったら「腰椎椎間板ヘルニア」で内視鏡手術に踏み切ると衝撃発表が出る。

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 僕はふてくされて一日、ふとんでごろごろした。なーんもやる気がしねぇ。「4割」も「首位打者」も夢と消えたのだ。コンスケは決断するに当たり色んな思いがあったろう。報道によると手術は28日、徳島県の病院ということだった。もうこうなったら仕方ない。退院したら武田久の実家の徳島ラーメンをぜひ食べに行ってほしい。「名東軒」で検索だ。

 つまり、要約するとこういうことだ。キーマンのひとりは不安を抱えたままぶっつけ登録、ひとりは今季絶望(全治3ヶ月程度の見込み)である。思っていたのとまったく違う展開になった。大谷、近藤が2枚加われば打線の厚みが増し、打ち負けない試合運びが可能になったかもしれない。それが御破算になったからにはもう一度、チームの基本に立ち返って、「つなぐ野球」や「足でかきまわす野球」で勝負するしかないだろう。ファイターズは「打てない前提」でどう1点をもぎ取るかという、野球スタイルを磨いてきたチームだ。送りバントや進塁打をきっちりやろう。走者は次の塁を獲りにいこう。それしか言いようがない。

刀を使わない大谷翔平

 では、「一刀流」の大谷翔平はどんな状態か。当たり前だが、リハビリ明けなのだから試合勘には乏しい。「打撃投手の球も速く感じる」と心配なコメントを発しているくらいだ。足はキャンプ前に発表された骨棘(こっきょく)を無意識にかばってるうち、肉離れを起こしたという線が濃厚で、全力疾走しないよう厳命されている。試合に出して大丈夫なのかと誰もが思う。が、このシーンを見てほしい。

 24日の楽天9回戦である。試合は1対1で延長戦にもつれ込み、10回裏を迎えていた。マウンドには回またぎの松井裕樹、2死ながら西川遥輝を2塁に置いて、レアードがストレートの四球で歩く。勝負どころだ。2死1、2塁で杉谷拳士に代打。という場面で札幌ドームが突然、どよめきに包まれる。いや、代打は切り札の矢野謙次なのだ。そこは順当な策だ。どよめきはネクストバッターズ・サークルに姿を現した背番号11に対してだった。球場のテンションが変わる。大谷翔平がついに復活か。

ネクストバッターズ・サークルに立つ大谷翔平

 これは実際には「見せ大谷」で終わった。去年の日本シリーズ第6戦で、広島・ジャクソン投手にプレッシャーをかけたものの再現である。大谷がネクストに姿を現しただけで戦況は一変する。あるいは一変したように見えてしまう。普通は「見せ○○」といったら見せ球とか見せ金とか、そういうちょっとえげつないブラフっぽいものに用いる表現だが、大谷級の存在感があると「見せ大谷」が成立してしまうのだ。バットこそ持っているが、これは実際問題「無刀流」だ。刀を使わない。一種の空気投げみたいな技だ。

 で、僕自身は先ほど説明したように大谷の試合勘等に不安を感じているのだ。野球はチームでやるものだし、あまり個人頼みにしたくない。いくら何でも打てないだろう。あ、これ「見せ大谷」だなと思っていた。思っていながら自分の興奮が抑えられないのだ。立ち上がってその場でぐるぐる回転していた。意味不明だ。僕は矢野がつないで、大谷が満塁ホームランを打つと(無根拠に)確信していた。いや、バカみたいな話なのだ。実際には矢野凡退で、大谷は出番なしだ。だけど、この野球記録に残らない数分の出来事がとてつもなく面白かった。投げた打っただけが野球じゃないのだ。

 試合勘のないことを知っていてなぜ大谷に満塁ホームランを期待してしまったかといえば、それが大谷だからだ。今、将棋の藤井聡太四段の連勝記録にジャンルを超越した注目が集まっているが、この「マンガみたい」「現実離れしている」「小説や映画ならあり得ないとNGが出そう」な感じは大谷翔平とそっくり共通している。ケタが違いすぎて、自分の使ってたモノサシが通用しないのだ。たぶん大谷は野球がやりたくてしょうがなかったと思う。その意欲がネクストの姿に見て取れた。僕はプレーじゃなくて、その意欲(が見せる幻想?)に金を払って見る価値があると思い知った。

 僕はしばらく「見せ大谷」で引っ張ってほしいなぁと期待したのだった。水原勇気のドリームボールだ。水島新司のマンガ『野球狂の詩』に登場する前代未聞の女子選手、水原勇気は「ドリームボールが実在するのかしないのか?」でしばらく座持ちした。あのときの岩田鉄五郎や五利監督みたいな含みのあるニュアンスでいいじゃないか。まぁ、栗山監督には(マスコミの風圧はすごいだろうが)確信犯でいってもらいたい。しばらくチームに帯同してるうちに本人も準備が整うだろう。

大谷翔平のピッチング時の歩幅を体験するコーナー
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