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「辞書」から「えん罪」まで ドキュメンタリー界の“異端児”佐々木健一とは何者か?

NHKエデュケーショナル 佐々木健一さんに聞く「ドキュメンタリーの方法」 #1

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クタクタのカバンから出てきたヨレヨレのタオル

―― 『えん罪弁護士』で印象的なのが、今村核弁護士が廊下で足をスベらせるシーンでした。こういう人間味が出ているところをすくい取るのが、佐々木さんの作品には共通していると思うんです。その辺りはやはり意識をされているんですか? 

『えん罪弁護士』より 今村核弁護士 ©NHK

佐々木 そうですね。日本では今、冤罪事件が実は多くて、刑事裁判の有罪率99.9%が問題だ、ということを取り上げるジャーナルな番組なら他にあると思うんです。でも自分の動機は毎回、そういった社会的な問題へのアプローチじゃないんです。むしろ、“人”に興味があるんです。『えん罪弁護士』の時も、最初から冤罪問題を取り上げようとしていたのではなくて、今村核さんに興味があった。初めて会った時、今村さん、汗だくだったんです。それでマイタオルをクタクタのカバンから出して拭くんですけど、そのタオルがまたヨレヨレで……(笑)。

―― ハハハ。 

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佐々木 弁護士ってパリッとしたいいスーツを着て、自信満々に語る人だと思っていたら、目も合わせてくれないし、ボソボソしゃべって何言ってるかよく聞こえないし、汗かいた顔をヨレヨレのタオルで拭いてるし……(笑)。そんな風に不器用に生きてる人なのに、普通の弁護士が「一生で1件取れれば御の字」という無罪判決をこれまでに14件も取ってきたというとんでもない実績をあげている。「この人、一体、何者なんだろう?」ってメチャクチャ興味湧くじゃないですか。

 ですから、僕の場合、番組を作る動機は「社会的なテーマに対する問題意識」というより「人への興味」。『ケンボー先生と山田先生』もそうだし、『Dr.MITSUYA』の満屋裕明先生もそうだし、『Mr.トルネード』の藤田哲也博士もそう。自分の中のテーマを言うとしたら、「誰々とは何者か?」をずっと追い続けている気がします。 

『Dr.MITSUYA』より満屋裕明医師 ©NHK

―― 佐々木さんが興味を引かれている方って、付き合いにくそうな、個性派が多いですよね?

佐々木 よく言われます。でも、そういう人だから面白いと思っています。たぶん普通のジャーナルな番組だったら、今村さんが足をスベらせるシーンは使わないと思うんです。でも、僕はやっぱりその人物を描きたい。だから「あの人(今村核さん)ってカワイイところがあって……」という証言のフリがあって、ズルッと。あれ、オンエアでは2回コケるシーンを使っているんですけど、本当は3回コケてます。

―― ええ! 

佐々木 そのワンシーン1発で、この人はどういう人か、伝わる。なんか不器用だけど、真面目で憎めない人だってことが十分に伝わると思うんです。……だけど、あのシーン、本当はもっと深い意味があるんですよ。

―― え、なんですか?

佐々木 あの日、雨が降って廊下がツルツルだったんですけど、コケる人なんて一人もいません。でも、今村先生はあそこで立て続けに3回もコケた。なんでそんなにコケると思います? 

―― なんででしょう?

佐々木 ひたすら足を使って調査をしてる人だから、靴底がツルッツルにすり減っていたんです。だからスベる。

―― なるほど! 

佐々木 放送後、ある視聴者の方から「この場面の本当の意図がわかった」という感想ハガキをいただいたんですが、うれしかったですね。

「メガネをかけてるおじさん」にオレンジの照明を当てるという方法

―― 最後、お母さんにお墓の前で褒められてちょっと恥ずかしそうに母親を叱る場面もいいシーンでしたね。

佐々木 「テレビカメラが回ってるところで、そんなこと言うな」って。あのシーンは、カメラワークが完璧なんですよ。先にお母さんのワンショットを撮って、そのまま今村先生を含むツーショットになってから、その言葉を今村先生が言う。あれは、カメラマンの熟練の技。「次、どうなるか?」を予測しているから撮れる。

『えん罪弁護士』より 今村核弁護士母子のシーン ©NHK

―― カメラマンの方は?

佐々木 藤田岳夫さんという、NHKではなくインフという技術会社に所属されているカメラマンです。『みんなでニホンGO!』という日本語バラエティで初めて一緒に組んで以来ずっと一緒です。藤田さんは『Dr.MITSUYA』で、NHK関連技術会社が毎年選定している「ロケ選奨」でカメラマンとして大賞を取ったんですよ。

―― インタビューカットもすごくカッコいいですよね。

佐々木 その人のイメージに合った背景に色のついた照明を当てて撮影しているんですが、照明も藤田カメラマンがやってくれています。あれは、実はバラエティ番組で編み出した手法なんです。僕の番組は専門家や関係者へのインタビューが多いんですけど、大体「メガネをかけてるおじさん」なんです。だから、誰が誰だか分かりにくい(笑)。それで「背景の色を変える」というアイデアを『ニホンGO!』の時に思いついたんです。色信号的にオレンジ色と青色が強い色なので、キーパーソンには必ず背景にオレンジ色や青色を使っています。でも、こういう手法もドキュメンタリーとしては「作りすぎ」と言われてしまうところで……。「異色の……」とかってよく言われますけど、最近はもう「異端児」でいいやと思ってます(笑)。

©山元茂樹/文藝春秋

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ささき・けんいち/1977年、札幌市生まれ。早稲田大学卒業後、NHKエデュケーショナル入社。『哲子の部屋』『ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~』『Dr.MITSUYA 世界初のエイズ治療薬を発見した男』『Mr.トルネード~気象学で世界を救った男~』『えん罪弁護士』など様々なテーマでの番組を手がけている。
 著書に『ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~』を元に執筆した『辞書になった男』(文藝春秋・日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『神は背番号に宿る』。新刊に『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』。
 現在「日経トレンディネット」でコラム「TVクリエイターのミカタ!」を連載中。

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