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待ってるだけじゃ「哲学」はやって来ない――哲学者・國分功一郎インタビュー #1

待ってるだけじゃ「哲学」はやって来ない――哲学者・國分功一郎インタビュー #1

「暇と退屈」の哲学者が、いま考えていること、繰り返し読む本

note

本を書くことは“オン・ザ・ジョブトレーニング”

――本のデビューは『スピノザの方法』ですよね。

國分 これは博士論文ですけれども、最初の本はそういうカタい本にしないといけないという気持ちがすごくありましたね。2作目である『暇と退屈の倫理学』の準備はかなり進んでいたし、実際、どちらも2011年に出版しているんですが、著作の発表の順番には気を遣いました。最初にカタい本を出しておかないと、色眼鏡で見られてしまいますからね。でも、『スピノザの方法』を出した時点でとてもいい評価をいただいて、いろいろ声をかけていただけるようになった。小島慶子さんの『小島慶子キラ☆キラ』というラジオ番組に呼んでいただいたり。『キラ☆キラ』の影響力は大きかったですね。あの番組に出て以降、新聞社からも頻繁に連絡が来るようになりました。そうなった後で『暇と退屈の倫理学』という一般向けの哲学書を出版できたので、読者が広がりましたね。

 

――イメージには気を遣われていたんですね。

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國分 本を売るからにはいろいろなことに気を遣わなければなりません。学会発表で単に原稿を読めばいいわけではないのと同じです。『暇と退屈の倫理学』を出してからは、NHKの『哲子の部屋』に出させていただいたり、色々と活動の幅が広がりました。

――ずいぶんたくさん本を出されていますが、よくこんなに……すごいなあと思うんですが。

國分 昔読んだんですが、批評家の柄谷行人も若い頃、小林秀雄のことを見て「なんでこんなにたくさん書けるのだろう」と思っていたらしいんですが、僕も柄谷行人のことを見て「なんでこんなにたくさん書けるのだろう」と思ってました(笑)。自分が本を書くようになって分かったのは、オン・ザ・ジョブトレーニングに似ていて、本を書けば書くほど書くべき問題に気がついていって、どんどん書かなければならなくなっていくというそういうサイクルがあるってことなんですね。書きながら書くべきものに更に追い立てられるというか、そういう感じで、どちらかというと「書きたい」「書かねばならない」と思っているものに追いついていないんです。どんどん新しい問題に巻き込まれるというか。

「暇と退屈」の発想を与えてくれた岐阜県出身の山下君に感謝してます

――その問題に巻き込まれて、考えて、どこかで分かる瞬間というのがあると思いますが、それはどんな時なんですか。

國分 「分かった」と思う瞬間はいろいろありますし、いろんなパターンがありますね。『中動態の世界』ではスピノザについての章が一番苦労したんですが、半年以上、同じ章を何度も書き直していた。でも、あるとき、スピノザの動詞の使い方の特徴に気がついて、「ああ、ここに中動態があったんだ!」と分かった。それが分かって、なんとかその章を書き終えることができました。人に教えてもらえることもあります。未だに覚えているのが『暇と退屈の倫理学』を書いている時のことで、この本の内容については自分が勤務している大学で講義もしていたんですが、それに対する学生の感想文に「先生の説明で暇と退屈の違いがわかりました」とあって、「そうだ、暇と退屈の違いをはっきり定義すればいいんだ!」と気付いた。名前も覚えています。岐阜県出身の山下君の感想文でした。山下君には大変感謝しています(笑)。「分かった!」という感覚はとても大切で、その瞬間が訪れるまで待てるかどうかが、良い本を書けるかどうかの基準だと思うんですね。論文とかを読んでいても、「あ、この人、ここで折れたな、分かるのを待てなかったな」って思うことがあります。

――分かるまで待つって忍耐力の勝負というか、とても辛い時間だと思うのですが……。

國分 辛いんですよ。本を書いている最中は必ず一度は、「こんな本はもう価値がない。全然意味がない。絶対書きあがらないし、もうダメだ」って思う。今まで出した全ての本で、毎回そう思ってましたよ、もうダメだって。

――そこを乗り越えて本が完成するんですね。どうやって乗り越えるんですか、ひたすら待つ……

國分 いえ、さっきは「待つ」と言いましたが、待っているだけじゃダメです(笑)。勉強するしかない。とにかく本や論文を読むしかない。自分の中に閉じこもって1人で考え続けてもダメなので、外からの情報を入れるんです。出会いのためには準備が必要だとドゥルーズも言っていますが、本当にその通りだと思います。困ったら読む、僕はそうしています。

――これまで繰り返し読まれている本はなんですか。

國分 スピノザの『エチカ』です。よく持ち歩いています。本の中にはかなり書き込みもしていますが、これを読んでいる時は基本に立ち返る思いがしますね。

(#2に続く)

 

写真=榎本麻美/文藝春秋

こくぶん・こういちろう/1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、高崎経済大学准教授。主な著書に『スピノザの方法』、『暇と退屈の倫理学』『来るべき民主主義』などがある。今年3月には『中動態の世界 意志と責任の考古学』を出版。

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