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茶番だった? スッキリしない山口俊の巨人FA移籍騒動

source : 週刊文春 2016年12月15日号

genre : エンタメ, スポーツ

涙のFA宣言に賛否も……
Photo:Kyodo

 巨人は5日、FAで獲得した山口俊(29)、森福允彦(30)両投手の入団会見を行った。

 先月8日、涙を流して横浜DeNAへの愛着を語りつつもFA宣言した山口。交渉解禁初日に巨人からアタックされ、その後、中日も参戦。本人は「迷ってます」と語り、なかなか去就が定まらなかったが、初交渉から約3週間後の今月1日、ようやく巨人入りを決断したという。

「彼はシーズン中からFAでの巨人移籍が既定路線と思われていた。ここまで時間がかかるのは、条件闘争でもしてるのか、と思ってたんですが、それだけではないようです」と、ベテラン記者。

「彼は抑えから先発に再転向したくらい、かなりの小心者。『(先月26日の)ファン感謝デーの前には決めたくない』と言っていた。移籍発表で、ファンからブーイングを浴びたくなかったんでしょう。一方で、密かに同郷の巨人の選手にリサーチして、“やっていけるのか”と悩んでいたのも確かです」(同前)

 ところが、感謝デー当日は、「迷ってます」と語る山口に一部のファンから「もう決まってんだろ」とヤジが飛び、白けたムードが漂った。

「同じFA組の岸孝之投手(西武から楽天)と糸井嘉男外野手(オリックスから阪神)が、ファン感の前に移籍を決断し、堂々とファンに挨拶をして、拍手を送られたのとは対照的です」(同前)

 皮肉なことに、最後に山口の背中を押したのは“対抗馬”の中日だったという。

「ファンの目を気にする山口の心情を見透かした中日球団幹部が先月末、『どうせ巨人ならさっさと発表しろよ』とオフレコでコメント、それが本人の耳に入って慌てて発表した、というのが真相のようです」(スポーツ紙デスク)

 ここで思い出されるのは、同じ横浜の“番長”こと三浦大輔のケースだ。

「彼も08年FAで阪神移籍がほぼ決まっていたのに最後の最後で残留、その後、横浜一筋の野球人生を歩み、今や監督候補。当時は移籍を断念したのはプレッシャーのせい、という声もありましたが、結果オーライです」(同前)

 一説では4年総額8億円とも言われる大型契約で巨人の一員となった山口だが、どうにもスッキリしない移籍劇となってしまった。

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