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連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/07/13

「野菜を頼む意味がわからない」ジンギスカンにおける道民魂――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 厚切りの生ラムがじゅっ。

 ジンギスカン鍋が音を上げると、隣で生ツバを飲み込む音が聞こえた。札幌出身、ヨシダさんの目が心なしか潤んでいる。ソウルフードを食べるの十か月ぶりだわ~、よく我慢できたなあ、とつぶやく。

「吸血鬼みたいに羊の肉が食べたくなるわけです、道民としては」

 飢えたヨシダさんの迫力がびんびん伝わってきた。

 三軒茶屋駅前のすずらん通り、立ち食いジンギスカン「はや川」。六、七人も立てば満員の小さな店は、以前はパチンコ店の換金所だったらしく、手狭な感じが親密でうれしい。

 とるものもとりあえず注文した「はや川盛り」八百円。生ラム四枚、マトン四枚、野菜(もやし、キャベツ、えのき、豆苗)で鼻息を鎮め、生ビールをごくごく。

 ヨシダさんの箸は止まらない。道民でなくても、たまらない。熱い鍋肌にへばりつかせてふわっと焼いた羊肉。アチチと噛むと、香ばしい肉汁が口いっぱいに充満する。牛肉でも豚肉でもなく、鶏でも鹿でも猪でもなく、羊肉の穏やかで優しい味にやたら癒やされる。

 勢い止まらず、ラム肩ロース↑ねぎ塩ラムタン↑Tボーン。肩ロースはとろけ、ラムタンはしゃきしゃき、ゆうに四百グラムはあろうかというTボーン(初めて遭遇)のカタマリは、店のお兄さんがフライパンでじっくり焼いてくれるのだが、ラムのサーロインとロースの贅沢な味が千五百円、手を合わせて拝みたくなる。

 いつのまにか野菜そっちのけ。この店を教えてくれたカワサキさんの言葉を思い出す。彼女がいっしょに来るという道民の友だちは、「野菜を頼む意味がわからない」。とどのつまり、道民にとってジンギスカン=羊肉だと。せっかくの羊肉との蜜月、野菜に水を差されたくないと。とはいえ、鍋の下方、もやしやキャベツの森なしではさみしかろうと思ってきたが、蒙を啓かれた。羊肉がどんどん身体に馴染むんです。もっと羊となかよくなりたい、羊が他人とは思えない気分が昂じてくる。

「そうなんですよっ」

 ヨシダさんが勢いこんで言った。

 箸に羊、左手にビール。恍惚の吸血鬼状態となったヨシダさん、道民魂が燃えさかる。

「北海道の小・中学校には、春から秋にかけて炊事遠足という行事があります。炊事のできる公園に行って、みんなでジンギスカン。ええもちろんジンギスカン鍋を持っていく。ここで羊肉の味をカラダで覚えるわけです」

 そうだったのか! 蒙を啓かれっ放し。「野菜を頼む意味がわからない」道民女子も、日曜になるとムラムラして「はや川」に駆け込むらしい。

「わかるっ。実家では週末にジンギスカンをするのが習慣だったけれど、いま思えば、あれは渇望感でした。ジンギスカンは、基本的には屋外で食べたい」

 おそるべし、炊事遠足。そういえばもう小一時間、三軒茶屋の路地裏で立ったまま肉をえんえん焼いているけれど、何の違和感もない。ほかの肉ならこうはいかないはずだと思いながら、はっとする。かつて過酷な開拓生活をともに生き抜いてきた羊との関係のなせるわざだろうか。

「最後にロールが食べたいな」

 ヨシダさんが言った。羊肉のいろんな部位を円柱状に固めてスライスしたロールは、複雑な味がして大好きだという。道民魂の大花火、ヨシダさん炸裂!