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日本のお嬢様たちにとって、「結婚」とは何だったのか?

藤田香織が『政略結婚』(高殿 円 著)を読む

2017/07/16
note
『政略結婚』(高殿 円 著)

 一瞬にして惹き付けられるタイトルである。

 適齢期をクリスマスケーキに譬(たと)えた時代は遠く過ぎ去り、晩婚化が進み、しない自由も認められるようになった結婚。しかし、未だ心の奥底では、その二文字の呪縛から逃れられずにいる女性は少なくないのではないだろうか。

 幕末から明治・大正、そして昭和と、激動の時代を背景に三人の女性たちの生き様を描いた本書は、結婚という逃れられない枷との闘いの記録とも読み取れる、迫力に満ちた長編作である。

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 加賀藩主・前田斉広(なりなが)の三女として生まれ、生後半年で嫁ぎ先が決められた勇(いさ)は、十八歳で江戸詰めの加賀大聖寺藩主・前田利之(としこれ)の次男、利極(としなか)と結婚。百万石を有する苦労知らずのおひいさま育ちだったが、分家の大聖寺藩の実質は七万石。悪化の一途をたどる財政を立て直し、お家存続のために幾多の苦難を乗り越えてゆく。

 加賀藩の分家である小松藩主の子孫で、明治半ばに生まれた子爵令嬢・前田万里子は、銀行勤務の父に伴い、幼少期を海外で過ごした。十三歳で意に反し連れ戻された日本は、彼女にとって息苦しいことこの上なかったが、やがて自立の道を模索し、輸出業に携わり、サンフランシスコ万博でコンパニオンをも務めた。

 大正十四年、伯爵家に生まれた深草花音子(かのこ)は、五歳の時、昭和恐慌で生まれ育った瀟洒な屋敷を追われた。全財産を失い、借金苦で父も喪い、日銭を得るために母・衣子(あやこ)と共に行き着いたのは〈猥雑で淫靡で、ふしだらな街〉新宿の劇場。学習院に通いながら、板張りの舞台で男たちの視線を集める日々のなか、花音子の胸に野心の灯がともる。

「お家を守ることは人を守ること」だと信じ生きた勇。家の存続と自由恋愛を両立させた万里子。未婚を貫いた花音子。三者三様の「バラ色の人生」を繋ぐ、ある物の存在も深く印象に残る。自由だからこその不自由に喘ぐ、今を生きる私たちが行く道を切り拓くための力を授けてくれる物語だ。

たかどのまどか/1976年兵庫県生まれ。2000年『マグダミリア 三つの星』でデビュー。ドラマ化もされた『トッカン―特別国税徴収官』シリーズや、『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎』など幅広い著作で人気を博す。

ふじたかをり/1968年三重県生まれ。書評家。著書に『だらしな日記』『ホンのお楽しみ』、『東海道でしょう!』(杉江松恋氏共著)等。

政略結婚

高殿 円(著)

KADOKAWA
2017年6月24日 発売

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日本のお嬢様たちにとって、「結婚」とは何だったのか?

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